mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】

~midnight dribbler~(ウサギ畑でつかまえて)

「歴史の歯車を逆転させようとすれば必ず滅ぶ真理」を知る者だけが生き残る

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母娘で並んだら女王様がばあやに見える、兄妹で並んだら愚兄賢妹に見える

アン王女が最強とアタシゃ思ってるw

 

 

 

 

それにしてもややこしいのが

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この法律により、2011年10月28日以降に誕生する王位継承資格を持つ人物について、

男子優先の長子相続制にとってかわり、絶対的長子相続制をとることとなった。

これは性別に関係なく、最年長の子どもが継承順位の上位に就くことを意味している。 

 

本法により、2011年10月28日のパース協定以降に誕生した男性は継承順位において彼らの姉の上位にはなれなくなった。

この変更がパース協定以前に誕生した者に遡って適用されないのは、直近の王位継承順位に大きな影響を及ぼさないためであるが、

パース協定から実際の法改正までには2年を要したため、この間に誕生した一部の下位の王位継承者は変更の影響を受けている。

そのうち王位継承順位が最上位だったのはレディ・デイヴィナ・ルイスの息子タネ(2012年生)と娘のセナ(2010年生)であり、

2人は順位がそれぞれ29位と28位に逆転した。 

 

 

 

 

王位継承法の改正に着手出来たのは、当時、ウィリアム&ハリ~の王孫兄弟が小梨だったからじゃないの

もしも2011年10月28日までに、ウィリアム家の子供達全員が誕生していたとすれば

シャーロット王女の昇格、ルイ王子の降格を受けた混乱が生じそうやん

第二子と第三子だから、まだマシ(・・?

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1979年5月13日、現国王カール16世グスタフとその王妃シルヴィアの第2子及び第1王子として生まれる。

姉にヴィクトリア王太子、妹にマデレーン王女がいる。

出生当時はスウェーデン王太子であったが、

男女にかかわらず出生順に継承権を認める王位継承法改正により、1980年1月1日付で姉のヴィクトリア王女に第1継承権が移った。

しかし、英国王位継承順位は姉より上位となる。 

まだ0歳児当時とはいえ王太子から降格とか「お姉ちゃんズルい!」と絶叫したくなる弟ちゃうんw

 

 

 

 

2013年王位継承法で「?」となったコトを挙げると

「弟が兄より先に結婚して子供もいた場合にも、後から生まれる兄の子供達が優先だよね」

じゃないと、ウィリアム&ハリ~、何のための賢兄愚弟よ?w

あ”、ハリ~家の第二子誕生により、2022年9月8日以降も8位据え置きとなった旧お騒がせ次男王子に関する限り

それを甘やかした御本家Lilibetに代わってイイ仕事したと言える甥孫Lilibetに花束を捧げよう💐

 

 

 

 

ところで、昨日記事に、「そもそも、英国は女王の時代に栄える印象が強いしな」

 

 

 

 

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女性君主を調べてみると、まず

マティルダ (神聖ローマ皇后) - Wikipedia

マティルダは父のヘンリー1世によって推定相続人であると宣言され、男爵達によって認識された

しかしヘンリー1世が死ぬと、王位はマティルダの従兄スティーヴン・オブ・ブロワの手に渡った

無政府時代はマティルダが正当なる支配者として君臨した1141年の数ヶ月間のことであるが

彼女は戴冠することこそは無かったものの、イングランドに於ける初の女性君主と見做される

ジェーン・グレイ - Wikipedia

エドワード6世がジェーンを自身の推定相続人とし、エドワード6世死後の4日間、ジェーンは女王と宣言した

宣言から9日後、エドワード6世の異母姉でカトリック教徒であったメアリーは十分な支持を得ることに努め

7月19日にジェーンを捕捉してロンドン塔に送り、ジェーンは16歳で処刑された

現在の英国王室はジェーンを正統なる君主であると見做している

…の以上2名が、対立王位請求者として登場する

 

 

 

 

 

Lady Jane (1986) - Jane meets Queen Mary - YouTube

Lady Jane (1986) - Execution - YouTube

当時はスペイン王太子で、後の国王フェリペ2世、11個年下の彼から、「ジェーン始末しなけりゃ結婚してあげないよ」

ジェーン処刑後、「これで、アテクシも結婚出来る」と嬉し涙に暮れる、後の血塗れメアリー姐さん

世にも恐ろしか姐さんを諦めさせるに失敗したらしいフェリペに同情しといてw

メアリー姐さんに同情出来る点:「お”いエドワード、ワレ舐めとんか~ (゚⊿゚)ァ?」

エドワード6世はその短い治世を通じて、自らの推定相続人たる異母姉メアリーに対してカトリックの信仰を放棄するよう促し続けたが

母キャサリン・オブ・アラゴンによって敬虔なカトリックに育てられていたメアリーはそれを拒絶し続けた

弟の在位中は、ほとんど宮廷に赴くことは無く、しかしこれは、メアリーの王位継承権が再び危ういものとなることを意味した

何しろ姉弟の父親が、英国に適用されないサリカ法典に則り、娘イラネ、息子に拘ったヘンリー8世

姉はアン・ブーリンの産んだ異母妹エリザベスと共に庶子の身分に落とされていた

姉妹を救ったのが、父の6番目で最後の王妃キャサリン・パー

3歳しか年が違わないキャサリンとメアリーは以前から親しく

プロテスタントカトリックという宗派の違いを越えた深い信頼で結ばれていた

継母が姉妹をすぐに宮廷に呼び戻して王位継承権保持者の地位に戻すことを夫に嘆願し

これが1543年の第三王位継承法制定に繋がった

…メアリー、それとエリザベスの視点で考えてみ

英国型長男教の被害者として、親父が無理なら、厚遇された弟を蹴っ飛ばしたい心境やろな

弟がいなくなればお姉ちゃん'sの天下となり、メアリーは狂暴過ぎたけど、後継者エリザベスの治世に国が発展したとか感動するわw

 

 

 

 

メアリー2世 (イングランド女王) - Wikipedia

アン (イギリス女王) - Wikipedia

この2名は横へ置いといて

 

 

 

 

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世界各地を植民地化・半植民地化して繁栄を極めた大英帝国を象徴する女王が、大番狂わせの即位に着目すべし

ヴィクトリアはジョージ3世の第四王子であるケント公エドワード・オーガスタスの一人娘

ケント公はジョージ3世の第五子としてロンドンに生まれ育った

兄が3人もいる四男とあって、自らの将来は「ツマラネ」と先が見えており

母がドイツ人なので、例え貧しくてもドイツの小君主の地位でも手に入れて落ち着こうと考えていた

そこで結婚相手に選んだのが、ザクセンコーブルク=ザールフェルト公の娘で、未亡人となっているヴィクトリア

始めは物価の安いコーブルクに住んだが、子供を産むのは英国でと決め、妊娠中の身でありながら渡英したと云われるが

ケント公が1台の馬車を雇い、自ら御者を務めて英国に向かって出発したとも云われる

ケント公が50歳直前に初めて授かった子を何が何でも「娘は英国の地で生まれねばならない」と決心した話、皆様御存知(・・?

生まれるまで胎児の性別わからん時代に、何で娘とわかるかと言えば

「ジプシーの占い師から『アナタの娘が偉大な女王に』と予言された」w

予言ともかく、無理を押して渡英した価値は高かったね

ヴィクトリアから見て3人の伯父達が嫡出子を残さなかったため、1837年6月20日に18歳で即位したんだもの

ハノーヴァー朝はその名の通り、ドイツのハノーファーを指す

ジョージ1世と2世はドイツに生まれ育ったが、3世は英国に生まれ育ち、英語を母語とし、ハノーファーへは一度も訪れなかった

ちなみに、ジョージ1世の母が、全ての英国王位継承権保持者の最も近い共通祖先にして嫁イビラーを説明しといてw

国家君主がドイツの血筋であろうと、国民感情として「英国生まれの英国育ち」を望むものだわな

四男家の一人娘が即位など誰も想像しないけど、ケント公夫妻がドイツを離れたことは正解だったに尽きる

ヴィクトリアが血友病をバラ撒いた意味での「ヨーロッパの祖母」でもあったものの

ヴィクトリア朝」が存在せねば英国の発展は考えられまい

 

 

 

 

本来お呼びじゃなかった女王はもう1人いて、それがエリザベス2世ね

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マーガレット王女が離婚歴のあるタウンゼント大佐との結婚を認められなかったのは、

その少し前にエドワード8世がシンプソン夫人と「王冠を賭けた恋」で王位を降りたから。

本当は、エドワード8世は王位を手放すつもりはなく、シンプソン夫人を王妃にするつもりだったのだけど。

ダメだった理由も離婚歴は表向きの理由で、実際はシンプソン夫人が敵国ドイツのスパイをするようなきな臭い女性だったから。

ついでにエドワード8世だけでなく、何股もかけていた。

エドワード8世退位は、ドイツのスパイを王妃にも王夫人(公式の愛人)にするわけにも行かず、

当時存命だったメアリーオブテック(エリザベス女王祖母)を始めとする王族が別れるか退位するかと迫った。

もちろんスパイ疑惑を公にするわけにも行かず、公式には離婚歴を理由とした。

ただ離婚歴だけでタウンゼントと別れたマーガレット王女はとばっちり。

性悪メガンは、現代のシンプソン夫人。

エドワード8世自身が、ナチ党にシンパシーを感じていた。

実はイギリスにはドイツと融和しようという考えを持つ政治家や上流社会の人間は少なからずいたのです。

ズオイシグロの小説「日の名残り」で執事が使えていた主人もそのひとりという設定でした。

その中で反ドイツ、反ナチが主流となって、

エドワード8世とその愛人であるドイツシンパのアメリカ女

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姉:「おかげで、ウチの生来気弱でドモリお父さんが国王になんてッ」

妹: 「お姉ちゃんは、一目惚れと結婚出来たじゃん…あ”~ん、最愛の彼氏と結婚出来なかった~ミック・ジャガーと遊んでやるッ」

スノードン卿と結婚中から遊びまくっていたマーガレット王女には本当同情するw

けど、エリザベス王女が女王として即位したからこそ

ヴィクトリア治世下の繁栄は失われても尚、王室を維持出来て、チャールズへ渡せる功績を築けたと見る

 

 

 

 

世界中の何もかもが先行き不透明な現代なれど

ヘンリー王子夫妻の子供2人は称号得る権利もチャールズ国王が最終決断、反対の可能性あると英紙(日刊スポーツ)のコメント一覧 - Yahoo!ニュース 

離脱したのだから称号はなしでしょう。

自分たちの都合で離れたのだからそのことをメーガンには受け入れてほしい。

離婚などでヘンリーが王室復帰したらまた考えましょう。

王室のスリム化にも貢献できて、本当に素晴らしい。

あれほど国民と王室のことを考えておられた女王のこと、生前になんらかの指示を出している可能性もあります。

ま、新旧お騒がせ次男王子+メー癌をロンドン塔にでも幽閉すれば、そう簡単に消滅しないはずの英国王室と信じてあげよう

何でもかんでも、国民ガン無視し、時代に逆らって横車押し続け、今や風前の灯火な某島国が先に滅ぶと信じてるしw

 

 

 

 

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