映画『ツィゴイネルワイゼン』ネタバレあらすじ結末と感想|映画ウォッチ
WOWOWで今朝放映してたけど
4人の男女が、サラサーテ自ら演奏する『ツィゴイネルワイゼン』のSPレコードを取り巻く、妖艶な世界へと迷い込んでいく話だよね
サラサーテ自ら演奏する盤ちゅうと
Pablo De Sarasate - Zigeunerweizen (1904) - YouTube
1904年にサラサーテ本人のヴァイオリンと
フアン・マネン(ホアン・マーネンとも表記されるスペインのヴァイオリニスト)のピアノによる伴奏での録音が行われている。
この録音には、途中でサラサーテの声とも言われる謎の呟き声が入っていることで知られる。
一説によれば、
サラサーテ本人がレコードの録音許容時間をオーバーしそうなことに気付き、
伴奏者に途中を端折って演じるよう指示したものという
(20世紀初頭のレコード吹込み時間は短く、
また録音原盤自体が修正録音のできない一発録りのディスク媒体であった時代で、
後年なら雑音としてカットされるような小声もカットできないまま販売に至ってしまった)。
上記のレコードの呟き声をモチーフとし、内田百閒は1947年に短編小説「サラサーテの盤」を書いた。
この小説を元に鈴木清順は幻想的かつ異様な怪奇性を伴った映画『ツィゴイネルワイゼン』を制作している。
🎻の『ツィゴイネルワイゼン』だけなら、関西地区の大半、物心つく頃に
吉本新喜劇の座員である桑原和男が「神様~」というギャグを使用する際、BGMとしてこの曲が使用される。
冒頭のG-C-D-Es-D-Cという悲劇的で大げさな斉奏が出囃子として効果をあげている。
コレで刷り込み受けてるよなw
🎥の『ツィゴイネルワイゼン』で「演奏会に行ったら、弾かなかった」と言われちまう演奏家をペタリ
来日
・1917年、アメリカに向かう途中で日本に立ち寄り、2週間ほど滞在。
・帝国劇場から招かれ、1923年9月に日本で公演を行う予定となっていた。
ハイフェッツは日本へ向かう航海中に関東大震災で東京が壊滅状態になったことを知り、
船中で演奏を行い、義援金3千円を集める。
9月の公演は延期となるが、11月に来日し、帝国ホテルで3日間の公演。
その翌日、日比谷公園で義捐野外演奏を行い、再び義援金3千円を集める。
「帝都復興の恩人」とも呼ばれた。
・1931年に再度来日。9月から11月にかけて歌舞伎座などで公演を行う。
・第2次大戦後の1954年4月、最後の来日公演を行う
それが6年後には
Scenes Of Japan's Earthquake Disaster (1923) - YouTube
22 years later, Tokyo was like this again..
Exactly..
というまでに壊滅状態を見てショック受けたってよ
演奏会はホール崩壊の恐れから野外で行われたが、数えられないほどの聴衆が集まったそう
計6千円なりの義援金が今のいくらに当たるかわからんけど
21世紀現在の山奥や海辺から逃げて来た田吾作系を含む東京都民は感謝しとけよ
という所で
Jascha Heifetz - Pablo de Sarasate, Zigeunerweisen Op.20 - YouTube