mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】

~midnight dribbler~(ウサギ畑でつかまえて)

「適応能力」という戦術

周到な戦術プランが30分持たない…
「適応能力」がもたらした異次元のCL

footballista 2019年6月12日(水) 11:55

 今までの常識では考えられない「世紀の大逆転劇」が続出した今季のチャンピオンズリーグ(CL)。その背景にあるものは何なのか――奈良クラブGMの林舞輝が欧州最高峰の舞台の戦術トレンドに迫る。 「世紀の大逆転劇」が相次いだ今季のCL
 リバプールの優勝で幕を閉じた2018-19シーズンのCL。こんなにもドラマチックな試合が続いた年は、長いCLの歴史でも唯一なのではないだろうか。毎シーズン1回あるかないかの「世紀の大逆転劇」が何度も見られた。ベスト16からポルト(ローマ相手に1-2から3-1の逆転)、マンチェスター・ユナイテッド(パリSG相手に0-2から3-1の逆転)、アヤックスレアル・マドリー相手に1-2から4-1の逆転)、ユベントスアトレティコ・マドリー相手に0-2から3-0の逆転)。準決勝では、リバプールバルセロナ相手に0-3から4-0の大逆転劇を演出。そして、アヤックスと対戦したトッテナムもホームでの初戦を0-1で落とし、アウェーの第2レグの前半で0-2(計0-3)にされながらも、後半で一気に3点返しアウェーゴールで上回る。両試合ともCLの歴史に残る大逆転劇となった。

 一般的に先にリードした方が圧倒的に優位に立つと言われているサッカーというゲームにおいて、これは注目すべき現象だろう。「どれだけ差が開いていようと逆転の可能性がある」というのは、それだけこのCLがレベル差のない非常に競争力の高い大会であるということの象徴でもある。フィジカル面、戦術面、技術面、すべてにおいてほとんど差はなく、毎試合、非常に小さなディテールが勝負を分けてきた(それはもはや「運」とも呼べるものかもしれない)。誰もが忘れているだろうが、決勝に残った2チームは実は、両方とも紙一重の差でグループステージで脱落しかけている。リバプールナポリと、トッテナムインテルと勝ち点と得失点差の両方で並んでの2位だ。これ以上ないギリギリのギリギリの2位抜けで、何とか決勝ラウンド進出を決めている。

「素で強い」アヤックスの大躍進
 今季のCLを語る上で、アヤックス旋風は欠かせないだろう。年齢から言えば大学生の選手たちがバイエルンレアル・マドリーユベントスといったメガクラブと互角に渡り合い、準決勝でも終始トッテナムを上回るパフォーマンスで、アディショナルタイムを含めた190分のうちの189分30秒まで決勝の地マドリッドへのチケットを手の中に握っていた。
 
 このアヤックスは、いわゆる「アヤックス」のイメージとはまったく違った。アヤックスと言えば、攻撃的で創造的、常にボールを保持し主導権を握り、いわゆる「美しいサッカー」がかつての代名詞であった。だが、今季のアヤックスはスタイルや機能美の以前に、まずそもそも、「素で強い」のだ。CLを見た方々は驚いただろうが、大学生そこそこの年齢の選手が主力のチーム(それもほとんどがアカデミー上がりである)が、巨額の資金をふんだんに使って世界中から選手を集めた銀河系軍団より、個の能力で普通に上回っていた。単純なボールの扱いからセカンドボールへの予測と反応の速さ、プレー判断の速さ、そしてゲームの流れを読み勝負どころをしっかり抑えてくる理知的な部分まで、個のレベルで勝っていたのだ。

 「素で強い」ことの最も大きな理由は、「プラン・クライフ」と呼ばれるアヤックスの育成プロジェクトだろう。ヨハン・クライフアヤックスに戻って以降、アヤックスのアカデミーはゲームモデルやクラブのスタイルといったチームを中心とした育成方針から、選手一人ひとりの個の育成へと大きく変革した。その結果が、20歳前後のアカデミー出身選手がCLという世界最高の舞台で物怖じすることなくメガクラブと対等に渡り合うことができた今回のアヤックスである。あのバルセロナ黄金期に、日本も含め世界中の多くのクラブが、バルサカンテラ出身の無名の選手たちがティエリ・アンリトゥーレ・ヤヤといった新加入のビッグネームたちをベンチに追いやっている姿に憧れ、「バルサに続け」と無謀な一貫教育や見せかけの薄っぺらい「クラブ哲学」の浸透に力を入れていた時に、「とにもかくにも個人の能力を伸ばす」という方針に舵を切ったアヤックス・アカデミーとクライフの先見の明には、舌を巻くしかない。

 そのとにかく「素で強い」アヤックスなので、戦術的には特に何か革命的なことや真新しいことをしていたわけではなかった。伝統的な「4-3-3」のシステムが基本で、センターバックを1列前に出す「3-4-3」も選択肢としてあった。「4-3-3」の中央の3枚は相手に合わせて配置転換し相手の中盤とマッチアップさせ、「4-2-1-3」と「4-1-2-3」の両方を器用に使いこなす。攻撃は配置で優位に立ちながら、自分たちはあまり動かずボールを動かすことで相手を動かす「ポジショナルプレー」を基本としつつ、セカンドボールやデュエル戦法など泥臭い戦いにも滅法(めっぽう)強かった。単に若い選手が多いからか、それとも個の育成のたまものか、レアル・マドリー戦のように、ロングボールの応酬からの仁義なきセカンドボールの奪い合い、トランジションとデュエルと運動量とその場の勢いがすべてという、伝統的なアヤックスからは考えられないような試合、分かりやすく表現すれば(悪い意味で)イングランド2部リーグでよく見るような試合でも、普通に勝ち試合に持っていっていた。

 ただ、アヤックスの最も特筆すべき点は、個人個人の適応能力がずば抜けていたことだろう(これは後にも述べるが、CLの上位に入った多くのチームもアヤックスほどではないが同じことが言える)。相手のハイプレス戦術に合わせたビルドアップのポジション取りや、相手の思わぬシステム変更や戦術変更に対する応急処置、スコアが動いた直後の試合運びなど、本来なら監督がいちいち指示を出さなければいけないレベルの修正が、ピッチの中でかなりのスピードと精度でできていた。前述の通り、アヤックスは相手の配置に合わせてマンツーマンでプレスをかけるのだが、この噛み合わせをどこかでミスしたり後手に回ることもほとんどなかった。どこの誰がどんなシステムで来ようと、当たり前のように問題なく完璧に噛み合わせてくる。育成年代から「相手がこういう場合には自分たちはこうやって噛み合わせる」という戦術的な訓練を重ねてきているので、このような戦術的適応力が育まれるのも当然のことなのかもしれない。

 いくら育成に定評があるアヤックスとはいえ、おそらく、もうこのレベルのアヤックスを見られることはしばらくないだろう。フレンキー・デ・ヨンクバルセロナ移籍が確定、キャプテンのマタイス・デ・リフト含め他の主力選手もいつどこに引き抜かれてもおかしくない状況だ。育成型クラブの宿命ではあるが、一瞬で咲き誇ったかと思えば、また一瞬で散っていってしまう。だが、桜のようなこの一瞬のはかなさこそが、世界の人々を魅力するアヤックスの真の美しさであるのかもしれない。

極限まで進化したリアルタイム分析
 アヤックスを筆頭に、今季のCLの戦術面からの傾向を言えば、試合中の選手の戦術適応能力が各段にレベルアップしたというのが一番に挙がるだろう。残念だが、日本国内の試合とは比べ物にならないぐらい、そしてこれはちょっと当分日本は追いつけないだろうというレベルまで、選手の戦術適応能力が段違いにレベルアップしてしまった。おかげで、相手の構造的な弱点を突く戦術やゲームプランを用意しても、20分そこそこですべて対応され修正されてしまうようになった。せっかく相手の弱点をたたいてストロングポイントを消す戦術を考え、トレーニングで訓練を重ねて周到に準備してきても、相手の対応速度が早過ぎてそのゲームプランや戦術が30分も持たないという現象が多く見られるようになった。

 その1つの要因に掲げられるのが、極限まで進歩してしまったリアルタイム分析だろう。スタジアムの上から、鍛え上げられた専門の分析官が列をなして並び、データを集め、上空から戦術的問題を即時に把握。ベンチと無線がつながっており、データも分析もリアルタイムでピッチ上と共有できる。さらに、ハーフタイムにはロッカーで直接選手や監督にアドバイスすることができ、前半の映像からいくつかシーンをピックアップしてハーフタイムのミーティングで使うケースも増えてきているという。今季のCLでも何度か、前半終了のホイッスルが鳴るや否や走ってロッカールームまで帰っている監督の姿を見ることができた。選手となのか分析官となのかは分からないが、それだけハーフタイムの間に共有することが多いということだろう。

 もう1つは、選手たち自身の戦術リテラシー、つまり戦術適応能力の向上だ。これは、特にプレミアリーグ所属のチームに見られた(それがCLとELでのプレミア勢の躍進の理由の1つなのかもしれない)。アヤックスの戦術リテラシーの高さはすでに述べたが、アヤックスと同じレベルで、多くのチームが非常に柔軟に戦術的問題に対応し、解決策を自ら出していた。全選手が外から試合を見ているんじゃないかというぐらい、状況を把握し、即座に相手との噛み合わせを見抜き、適切な配置転換を行い、時にはシステム変更まで行っていた。これはものすごくハイレベルなことなのだが、トップクラスのチームではそれをもはや誰もが当たり前のように試合の中で適切な戦術的意思決定を行えていた。

 トッテナムは複数のシステムを使いこなし、さらに監督の指示なしに状況によってそれぞれが最適解となる配置に修正していく。それも、1人として欠けることなく、全員がシンクロしているように対応していく。中でも、「4-4-2」を試合状況に応じてダイヤモンド型、フラット型、ボックス型に次々と変幻自在に姿を変えていく様は、まさに未来のサッカーを感じさせた。マンチェスター・シティは言わずもがな。トッテナムとの準決勝で、トッテナムが中盤ダイヤモンド型でハメに行けばそれに対するポジショニング修正を行い、トッテナムがそれに気づいてフラット型の「4-4-2」に変更すれば即座にそれに対応するシティの選手たち。ピッチで戦っているのではなく上から試合を見ているんじゃないかと疑ってしまうような両チームの戦術適応能力の高さに驚かされた試合だった。リバプールも同様に、リバプール特有のウイングの外切りに対する相手の対抗策への対応ができていたし、PSG戦では試合の途中で即席の「4-4-2」を使って盛り返していた。そのPSGは戦術家トーマス・トゥヘルが可変式システムや相手に合わせた戦術を仕込み、また1つレベルアップした姿を見せてくれている。

 この「適応能力」というのは、今後のサッカー界のキーワードになるかもしれない。コーチングスタッフや上空から見下ろす分析スタッフがどんな小さな問題も見逃さず、ピッチ上で選手たちが次々と修正していく。両チームともに何度も何度も修正が繰り返され、凄まじい速さで試合が動いていく。

 だが、それと同時に、これだけ選手の戦術適応能力がアップするには、トップクラスの選手たちとはいえ、やはり時間が必要だということも、疑いようのない事実であった。それは、今季CLで上位に入ったチームのメンバーを見れば明らかだ。

ファイナリストに見る、「分かり合える」優位性
 実は決勝に進んだリバプールトッテナムのプレミア勢、この2チームにはある共通点がある。監督と選手の在籍年数が長いという点だ。ベスト4に入ったバルセロナアヤックスも、選手の在籍年数で言えば長いチームだ。ちなみに、去年のレアル・マドリーも、CLを3連覇した最初の年である15-16シーズン決勝のスタメンと、最後の17-18シーズン決勝のスタメンを比べた時、2人しか代わっていない。

 マウリシオ・ポチェッティーノ監督は今季で5シーズン、ユルゲン・クロップ監督は4シーズンを過ごしている。監督が頻繁に代わる現代のサッカー界では、長期政権と言えるだろう。選手を見てみると、リバプールは決勝のスタメン11人にうちGKアリソンを除けば新加入は1人(ファビーニョ)のみ、半数は3年以上在籍している。トッテナムを見てみると、さらに顕著だ。なんと、決勝のスターティングメンバーに名を連ねた11人の平均在籍年数は5年を超えていた。最も在籍年数が少ないのがムサ・シソコで3年、他選手はなんと5〜7年もの間トッテナムに在籍しているのである。半年で移籍というケースですら当たり前になってきた中で、これははっきり言って異常なレベルの在籍年数の長さだ。

 サッカーとは不思議なスポーツで、プレーしたことのある人には分かると思うが、戦術やら組織やら個やらとは別に「分かり合える」「息がピッタリ」という優位性がある。これは何とも説明しにくく、言語化できないものなのだが、長く一緒にプレーしていればしているほど「分かり合える」し「息が合う」ようになるものだ。それは、そこらの草サッカーでも世界トップレベルでも同じだ。即席で集まったチームより「分かり合える」チームの方が、化学変化が起きやすく、チームが生き物のように一つになりやすい。戦術的適応能力が高く、監督が何か指示を出すのではなく、誰かがリーダーシップを取るのでもなく、ピッチの中で次々と変更と修正を繰り返し、適切な戦い方を誰一人欠けることなく選べる理由も、長い間ずっと一緒にプレーしてきたからこその「分かり合える」優位性があるからだろう。そしてこの優位性は、現代の「足りなければ買う」「いらなければポイ」というマーケット中心に回るサッカー界の今後に一石を投じることになるのかもしれない。

(文:林舞輝/奈良クラブGM)

https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201906090002-spnavi




当記事題名通りとも言えるわな

ブログ管理人もね(ナニが言いたい?)