mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】

~midnight dribbler~(ウサギ畑でつかまえて)

ないしょの手紙への返信:『儚き存在こそ美しい』

2011-05-07 04:51:00 アメブロ別荘【ないしょの手紙:『存在の耐えられない軽さ』】を加筆修正でやんす




『ベルリンで水中オペラ開幕、アールヌーボー様式のプールで』
http://www.afpbb.com/articles/-/2798335?pid=7165631

若い女性が不老不死の薬を求めて旅をするという物語?




不老不死の薬を求めて旅をするで思い出されるオペラといえば




マクロプロス事件(1923 - 1925)
カレル・チャペックの喜劇による。三幕。1926年12月18日、フランティシェク・ノイマンの指揮によりブルノで初演された。ヤナーチェク8作目のオペラ。
時代設定は1922年。100年も係争を続けてきたヨゼフ・ブルス男爵の遺産相続問題を抱える弁護士事務所にエミリア・マルティというオペラ歌手がやってくる。事情のあらましを聞いたマルティはプルスの遺言状の場所を教える。マルティの教えた場所に遺言状は確かにあり、相続人はフェルディナンド・グレゴルと判明する。マルティの演奏会の後もう一方の係争者ヤロスラフ・プルスが楽屋にやってきて遺言状と一緒に別の封筒を見つけたと言う。マルティはそれを買いたいと申し出るがプルスははっきりとした返事をしない。マルティはプルスを色仕掛けで誘惑し、ついに封筒を手に入れる。そこへ弁護士がやってきてと遺言状と一緒に見つかったフェルディナンドの母親E.M.の手紙とマルティのサインの筆跡が一致することを告げ、擬装ではないのかと問いつめる。マルティはついに真相を語り出す。マルティの父親はプラハに宮廷を構えた皇帝ルドルフ2世の命令で不老不死の薬を作り、娘を実験台にして薬を飲ませた。その娘が自分で、本名はエリナ・マクロプロス、1575年生まれの337歳。フェルディナンドは間違いなくヨゼフと自分の子供である。もうすぐ薬が切れるため処方箋の入った封筒が必要になりプルスから無理矢理取り上げたのだが、長生きしても意味はないと悟ったと語り、プルスから受け取った封筒を燃やすと同時に息絶える。(年齢の計算が合っていないが、設定自体が混乱しており、1585年生まれと言っている箇所もあり、327歳といっている箇所もある。ヤナーチェクは書簡の中で337歳と繰り返し述べている。)

Wikipedia:『レオシュ・ヤナーチェク』より引用 )* 2011年時点での記載より




10代からワーグナー級ソプラノ、一度は声壊したのに、50歳過ぎてもそれなりに歌いまくり
1940年生まれの74歳にして、いまだ現役のアニヤ・シリヤ
その長い歌手生活の秘伝こそ、世の使い回され歌手は知りたいかもねは置いといて




永遠の命を求めてメーテルとともに999号で旅をする10代の少年・星野鉄郎でさえ
冷たい機械の身体より、やがて死にゆく生身の体がいい。よく理解してる
327歳だろうが337歳だろうが、一族も友人も全員墓場暮らしになるほど長生きするなんてムダ過ぎる




サイボーグ並みに若い身体を得ても、中身(頭の)がスカスカなら、老人用公的資金のムダ使いになる
カネを湯水の如く注ぎ込んでアンチエージング狂騒する面々、よーく聞いとけ




記事題名は








ヤナーチェク弦楽四重奏曲題名と、この曲が使われた1987年アメリカ映画の日本語題名より




プレーボーイの外科医で女を使い捨て道具にしか考えない男とて
時代の波にゆらゆら翻弄される軽い存在に過ぎない




「エリナ・マクロプロスの驚異的な長寿は本人が意図して得たものではなく
典医の家に生まれた運命や為政者の気まぐれに利用されたが故の悲劇
チェコ語原題“Vĕc Makropulos”のVĕcは、『事件』や『秘事』『秘伝』と限定するより
理不尽な人間世界の営みすべてを包括した『事』という訳語を当てはめたほうが、物語の主題を損なわない」
と評した文を読んだ




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原作:池田悦子、作画:あしべゆうほによる日本のホラー・ファンタジー漫画
秋田書店の『月刊プリンセス』で1975年創刊号より連載




ある発言小町
「好きな話というより、印象に残ってるのは
うろ覚えですが、少女が悪魔との契約を結び願いを叶えるというものです
確か少女は砂を握りこの砂粒と同じだけの寿命をと願うのですが
永遠の若さを寿命と一緒に願わなかったため
老いさらばえた醜い姿で死ぬことも許されず何千年もいき続けるという話です
絶対気がついてるのに、寿命だけで若さを与えないなんて
さすがは悪魔だと当時思ったものです(笑)」




生まれた時すでに、死ぬ運命にある
人間というより万物の存在一般なんてそんなものでしょ
神さんちゃうねんから




今年も、8月を迎えた




もうじき盆休みだと考えるたび、元料理番の可愛いご子息ショートステイ引き回しの刑を思い出す
障害者施設はどこも、作業所通い組も加わる予約争奪戦勝利した者とその家族が利用出来る
敗北組は一体、いつ、ゆっくり骨休める叶うんだろうね




ジジババ施設でも、似たようなもんかしらん
動けず寝たきりや、ボケて徘徊と、再起不能でも長生きさせられるニッポン
その状況を北欧のような介護先進国では、老人虐待と捉えるみたいよ




強制でなく選択肢でいい
自分の人生を幕引きする時期や環境選べる権利こそ、現代そして未来に必要だと思う今日この頃だ