mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】

~midnight dribbler~(ウサギ畑でつかまえて)

救いを求むる人々

岸田にはできないガチで少子化対策に取り組んだ兵庫県明石市が異次元すぎる - YouTube

岸田ちゃんに関する#Shorts観るたび笑える

岸田「それをやって私達になんの利益があるんですか?」

 

って考えだよね。

岸田ボイスで脳内再生余裕で笑った

 確かにな

#増税 #岸田文雄 #岸田総理 #岸田内閣 #増税反対 - YouTube

 責任転嫁だとジャングルの勢いで草が生える抱腹絶倒モノwww

 

 

 

 

ま、 増税に次ぐ増税政治屋の責任だけど

戦後に生まれ育った🗾国民の弱点:「温室島国育ち」

物質面でも治安面でも、諸外国と比較すれば余裕十分だ罠

令和5年現在は本質的に昭和98年、つまり高度成長期やバブルの頃からずっと国民性変わってないんじゃね

節約グルメ、手取り15万円の絶望グルメみたいなYouTubeを観ると

困窮生活は確かとして、「空腹」と「飢餓」は別物だから、動画配信出来る精神的余裕って何なんと感じるワイ

食べ歩きブログ記事にも同じコト言えるよ

グルメがお手頃価格のB級やC級でも、お手頃価格も積もれば散財の山であり、日常的に外食出来る余裕も十分ある

家で食べるスイーツ画像UP記事だって、三食賄うだけで必死な困窮家庭の目には富裕層っぽく映りそう

「バリキャリとして頑張るアテクシへの御褒美」みたいな記事を見たら、「はよ失業して、泡嬢への転職が嫌ならゴミ箱漁れ」かもw

 

 

 

 

「空腹」と「飢餓」の違いについてザックリ分けると

空腹:満足まで行かない内容で、食後すぐ腹時計鳴る粗食でも、食事にありつける余裕がある

飢餓:「生まれる権利と生きる義務」「生きる権利と生まれる義務」、それぞれの重み - mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】

パン1個を巡る兄妹喧嘩に負けて泣くほど学校給食が命綱である極貧やすえのように、生きるか死ぬか瀬戸際の状況にある

だから、改めて

多くの人が納得し喜んでくれる状況下でのみ有効 - mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】

とにかく賛成派は、自分(日本)さえ良ければ他所(世界中)どーでも構わんの認識しやがれ

五輪見たいと願う者とて「楽しみだーと言えない」「アレコレ余裕無い」「今じゃない」が多いのに

「空腹」と「飢餓」の区別つかない、三食+おやつまで食えてる特権階級もどきなんでしょね

おやつはアタシも食うてるが、「空腹」と「飢餓」は別物が理解出来るくらいの頭持ってるわい 

YOU'LL NEVER WALK ALONE im Krankenhaus

乳母様の仰る「悲しむ者とともに悲しむ」、ドイツ語の「Leid und Mitleid(共に悩み悟りゆく)」だよ

#Shortsスクショ画像に見える「国民は 生きるためだけに必死で働いてます。生きるだけでどん苦しくなります。」

間違ってないものの、貧困層にも格差社会はお忘れなくを言いたい

ぶっちゃけ「一般国民の大半、カネは無いけど、働く暇は有る罠」

【Hatena版】人生何でも一石二鳥の美味い話は転がっていないが故の保険 - mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】 

還暦を過ぎた老体に鞭打ちながら働き続けるジジババも多いけど、老体とは言え就労可能程度には健康体だよね

要介護ジジババ、介護不要だが健康に不安を抱え就労はもう無理ジジババ

もう一つおまけに、必要に迫られ就労不可ジジババ達を支えるため已む無く離職した子供や孫ちゃん

若年層とて、不測の事態で人生詰み、福祉の世話になる可能性十分考えられるを加えてみ

年金や生活保護の不正受給を野放しにしながら、働きたくても働けない者には4ね!言うとるに等しい 🗾のお上が外道過ぎるっての

お上もアレだが、還暦や65歳過ぎて就労するジジババにも一部イライラさせられる

フルタイム、パートは無関係よ

ジジババ介護は卒業あるいは無関係としても

経済的余裕無いものの外へ働けに行けない家庭のうち

親が子供を逆介護や兄弟姉妹間介護、つまり障害者介護延々と続く家庭を考えると

生涯現役ジジババもまた、本物苦労知らずのアタオカ健常者と言い切ってやる

家族の健康に甘え腐る人生が常識の意味で、塵フェミともども中指立てて心底軽蔑ね

 

 

 

 

悲しすぎる姉妹の最期…家計簿に生きようとした証。 - YouTube

身体が悪いのに、必死で求職活動していたお姉さんの気持ちを考えると、涙が出る。

これまで真面目にやってきて、不運に見舞われて、本当に気の毒。

こういうひとのために生活保護があるのでは?

自分たちが払ってる税金でこうゆう人たちを助けてあげて欲しいと本当に思う。

この日本で餓死(凍4、病気ですが)のニュースを聞いた時は凄いショックでした、

生活保護も偉い人に口聞いてもらったら外国人でも即日OKが出るのに、

日本人の必死で働いて来た人に何で無慈悲なのか…、

亡くなられた姉妹の御冥福を心より御祈りいたします🙏

区役所の方から保護申請しなさいとは絶対に言いません。

何度足を運んでも門前払いです。

それで誰も信用出来なくなりホームレスをされている方もおられます。

行政なんて本当に真面目に生きている人を助けてはくれないのです。

この悲しすぎる事件は殺人と同じだと憤りしかないです。

窓口の担当者と姉の言い分が食い違っているし、

生活保護を申請しに行ったのに申し出がなかったって普通なら考えられない

生活保護の申請をしに行っても、条件を聞いた時に現在の家賃など当てはまらない項目があった為、

諦めて申請を出さなかったのだと思います。

どうあれ、諦めという名の絶望を選んだと思う

この事件と京都で要介護の母の為に就職できず生活保護も断られ心中した母息子の事件は悲しすぎる…

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【Hatena版】現代版『一杯のかけそば』~1人1杯のかけそばを人数分~ - mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】

京都伏見介護事件 - YouTube

 

 

 

 

ナマポ申請に対して無条件に合格させられないと言うなら、まず、精査が必要

役所窓口に訪れた申請者が働けるか働けないか、家庭訪問すらしないで何がわかるねんな

障害者や認知症の居る二人暮らし家庭に、札幌の事件の場合姉も身体悪いし、介護しながら働けとか鬼畜か

マァ福祉の仕事であろうと、自分は仕事や逃げ場持つから、ナッマイキ~な小娘青二才いるのは事実だよ

ウチのお坊っちゃまに関して「お母さんは家で介護してたでしょ」「お父さんは施設に入れたくないと感じました」

自分勝手な判断を上司に伝えた、仕事上がりにはデート三昧の知れる👰💍

2007年当時の堺区役所地域福祉課の尻軽小娘に本気で殺意覚えたくらいだ

 

 

 

 

行政への私憤さておき

格差社会を憤る不満に対し、「貧困を脱出する努力が足りない」「嫌なら転職しろ」といった声が聞かれる

それを口にする者って概ね、自分は逃げ場持つ高学歴エリート、庶民でも人生詰む苦労無関係なアタオカ健常者の傲慢と偏見ちゃうん

世の中には、人生選択肢が少ないか無く、努力しても限界あって思い通りに行かない者いるじゃねーか

あと、「努力しろ」「頑張れ」、これらは迂闊に口にしないのが賢明

就労有無を抜きに24時間働けますかの勢いで介護に追われる者、健康上の問題や障害が他人には見て取れない者

彼らに対してほぼ禁句と言えるからよ

成功者だって、いつ何時、努力して築いた財を全て失う素寒貧の末路を歩むか知れない

成功者が世の中の弱者を全て救う義務は無く、また可能でも無いからこそ

余計なお世話せず黙っとくのがせめてもの優しさなんよ

 

 

 

 

当記事題名は

The Salvation Hunters (Josef von Sternberg, 1925) - YouTube

救いを求むる人々 : 作品情報 - 映画.com

無名に等しいホリウッドのエキストラ達が貯金を出し合って製作した映画で、

オーストリアから来たヨゼフ・フォン・スターンバーグ氏が自ら書卸した脚本に據り監督した。

主役は「ホリウッド」出演のジョージ・アーサー氏とジョージア・ヘール嬢で、

「パリの女性」出演のネリー・フライ・ベイカー嬢や、オットー・マテイーソン氏、

子役ブルース・ゲリン君等出演になるもので臨時雇にスチュアート・ホームズ氏が出演している

そのまんまパクッタw

 

 

 

 

ja.wikipedia.org

貴方はん、最後の映画が東宝『アナタハン』とか、エライ落ちぶれたもんですねは置き

ハリウッドで、フィルム補修技師、撮影助手、編集技師、助監督をつとめ、

若い俳優ジョージ・K・アーサーに資金を調達してもらい、わずか3,500ドルで『救ひを求むる人々』(1925)を製作した。

この映画は先輩エリッヒ・フォン・シュトロハイム自然主義の流れをくむが、渋い内容に映画会社は全く取り合わない。

チャールズ・チャップリン邸に強引に持ち込み見てもらい、

当時チャップリンが創業者の一人であったユナイテッド・アーティスツが配給し上映した。

チャップリンに目をつけたのは、彼が貧乏人に理解があると睨んだためであった。

無名の映画青年が自分の全財産はたいて、友人の俳優達に協力を求めて作った、文字通り独立プロ作品だった

噂によれば

この作品が陽の目を見なければ、スタンバーグは一文無しの宿無しになり、ニューヨークの港に身投げするしかなかったという

映画というものは、何も豪華なセットを作り、美男美女を躍らさなくとも、立派に出来るを証明し、生きるか死ぬかの賭けに勝利したけど

もしも陽の目を見なければ、まだ1929年の大恐慌前にして、少人数ながらも路頭に迷って救いを求むる人々に(・・?

『救いを求むる人々』が成功してなけりゃ

ja.wikipedia.org

ja.wikipedia.org

1930年、ベルリンの舞台に立っていた所をスタンバーグに認められたマレーネ・ディートリヒもまた陽の目を見なかった上に

1世紀後へと続く映画史そのものが全く想像つかない展開を(・・?

 

 

 

 

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