mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】

~midnight dribbler~(ウサギ畑でつかまえて)

救世主として待望するのは、「蜜の味を拒絶する、怒れる若者たち」

前記事から続いた




2012年3月9日(金)12時7分配信として、『<訃報>山口美江さん51歳=タレント 元祖バイリンギャル
死因は心不全ですが
連絡が取れなくなったことを不安に思った親族により、自宅にて死亡しているのが発見された
気の毒ですね
16歳の時に母親が亡くなっており、深刻なアルツハイマーに罹った父親を面倒見た
世のジジババは自分の老いぼれボケ基準でアレコレ要求するが、子供はまだ老後じゃないのに
30代後半から40代後半にかけて、まだまだ自分自身を充実させられる時期を他人のために費やした
介護を通し学んだ経験をもとに講演会・トークショーを行っていた、世の役に立つかも
しかし、自分自身は、誰に看取られるというのですか。実際、孤独死でしょ
子供の責任というのはね、一人前になることが第一義なのですよ
一人前になった上で、自分自身やその家族の負担にならない範囲で、親の力になれば良いのですよ
自分自身が破滅した経験持たない甘い世俗の寝言なんて無視して責任放り出せば…




長距離ランナーの孤独】といえば、トニー・リチャードソン監督の1962年英国映画




ボースタル感化院へ送り込まれたコーリントム・コートネイ)は長距離レースの選手にされた。貧困な町に生れ育って十八年、見すぼらしい家を想い出すにつけ、社会の現実に大きな抵抗を思う。父親は僅かな週給のために汗水流して働き、癌でポックリ死んだ。母親は家計をやりくりしながらも色男と遊んでいた……父親が死んだときの給付金も豪勢に使ってやった。兄弟達もよろこんでいた……ガールフレンドのオードリー(T・ジェーン)と盗んだ車で週末旅行をやったのも楽しかった……相棒のマイク(ジェームズ・ボーラム)とパン屋に押し入り、雨樋につめておいた隠し金が生憎の雨で流れ落ちて……つかまってしまった……。彼に特別目をかけて選手に仕立てた院長(マイケル・レッドグレーヴ)は、そのポリ公から逃げ出すことに特技のある彼をレースに優勝させて感化院の名声を望んでいるに違いない。権力と威厳で屈従させる院長への反感は、レースが近づくにつれ、大きくなっていった。さて、レースの日。彼は案の定トップを独走している。院長は満足げに紳士、淑女を見渡す。ところが、期待を一身に集めた彼はゴール間近で、急にスピードを落し後のパブリック・スクールのライバルに優勝を譲った。これが霜のおりた凍てつく早朝にトレーニングをさせられた彼の淋しい孤独の勝利の小さな復讐であった

http://movie.walkerplus.com/mv13218/





ゴール直前で減速して優勝をライヴァルに譲る、権威へのささやかな抵抗
痛快ですね
自衛隊上官に対しても、血縁なれ合い主義を家族愛と綺麗に換言する傲慢劣等国家に対しても
似た抵抗やってほしかった…




それにしても、上の映像、聖歌♪イェルサレム合唱しているのが笑える
何故か?映画内容と以下より推測を( ̄ー☆




And did those feet in ancient time.
Walk upon England's mountains green:
And was the holy Lamb of God,
On England's pleasant pastures seen!

And did the Countenance Divine,
Shine forth upon our clouded hills?
And was Jerusalem builded here,
Among these dark Satanic Mills?

Bring me my Bow of burning gold;
Bring me my Arrows of desire:
Bring me my Spear: O clouds unfold!
Bring me my Chariot of fire!

I will not cease from Mental Fight,
Nor shall my Sword sleep in my hand:
Till we have built Jerusalem,
In England's green & pleasant Land

古代 あの足が
イングランドの山の草地を歩いたというのか
神の聖なる子羊が
イングランドの心地よい牧草地にいたなどと

神々しい顔が
雲に覆われた丘の上で輝き
ここに エルサレムが 建っていたというのか
こんな闇のサタンの工場のあいだに

我が燃える黄金の弓を
渇望の矢を
群雲の槍を
炎の戦車を 与えよ!

精神の闘いから ぼくは一歩も引く気はない
この剣をぼくの手のなかで眠らせてもおかない

ぼくらがエルサレムを打ち建てるまで
イングランドの心地よいみどりの大地に

解説

この詩は「神の聖なる子羊」(the holy Lamb of Godイエス・キリストが古代イングランドに来たという伝説をふまえたものだが、そうした古代の伝説そのものより、暗い否定的な現状(「雲に覆われた丘」(our clouded hills)、「闇のサタンの工場」(dark Satanic Mills))と闘おうとする意志(「ぼくは精神の闘いから一歩も引く気はない」(I will not cease from Mental Fight))にこの詩の強調点があると考えられる。

この詩が収められている『ミルトン』の序の部分でブレイクは、「肉の戦い」(Corporeal War)と「精神の闘い」(Mental War)とを対比させ、「軍隊、法廷、大学」に潜伏し「精神の闘いを挫折させ、できることなら永久に肉の戦いを長引かせようとする」(who would if they could, for ever depress Mental & prolong Corporeal War)者たちを告発しており、そこでの主張を「ぼくは精神の闘いから一歩も引く気はない」(I will not cease from Mental Fight)という詩の表現に反映させている。

また「闇のサタンの工場」(dark Satanic Mills)は、18世紀後半からの産業革命により英国に出現しはじめた工場群を指すと一般には解釈されているが、「帝国はもはや存在していない」(Empire is no more)(『天国と地獄の結婚』および『アメリカ ひとつの預言』)「すべての宗教はひとつである」(All Religions are One)(『すべての宗教はひとつである』)のような預言的言葉を残したブレイクの眼には、工場だけではなく、大英帝国という国家システムとそれを支えるさまざまな出張所(軍、法廷、大学、教会など)が、人間の血と汗を葡萄の汁のように搾り取る「闇のサタンの工場」のごときものに見えていたかも知れない。

Wikipediaエルサレム (聖歌)より引用 )




2016年の感想となる次記事へと続く