mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】

~midnight dribbler~(ウサギ畑でつかまえて)

支配者が居てこその王女から、一国の女王への脱皮

1975年12月12日、極寒なのに、上下とも夏の体操服姿で小学校へ
運動場の滑り台から転落、ズボンが汚れ、毛糸のパンツ姿で授業受けた、当時の9歳
その40年後は暖冬っぽい、今日もやはり半袖半ズボンの49歳
師走なのに暇なんで、今日も傾聴ボランティアに付き合っとくれやす




傾聴ボランティアに名を借りた外での飲み食いも手伝い
予算の都合上、本とレコード両方とも滅多に買わなくなった、否、買えなくなった
積ん読が結構数、未視聴のCD・DVDも同じだ、何も無くて困ったりはしない
新しきも古きも、YouTubeからトンデモナイ物現れる事しばしばも有難い
困るのは、ここ数年内の新作がようわからないくらいかしらね
ま、その昔、ワーグナー師匠格から
「見た目、年齢より遥かに若い。中身、年齢より遥かにBBA。ナニモノじゃ!?」
と呆れられたほどのトシヨリ趣味が、世俗の流行り廃り知らずとも生きられる証明になっとるわ




本日は、オペラ歌手の男声編と女声編に分けた二本立て記事をば
オンナから








 
Mirjana Irosch und Harald Serafin im Juni 1973 bei Hans Rosenthal
ミルヤーナ・イーロッシュ、1939年、ユーゴスラビア生まれ
ハラルト・セラフィン、1931年、ポーランド生まれ
ウィーン・フォルクスオーパーの花形スター歌手夫婦であった
1982年のフォルクス日本公演でも、レハールの♪メリー・ウィドウで共演した
とうの昔に離婚していたが、そこはそれ、男女の仲の機微、互いに相手のオモテウラに通じて息ピッタリであった
DENONから発売されたライヴ録音では、セラフィンと交替で歌ったペーター・ミニッヒ
アタシゃそっちしか知らん
旧大阪フェスティヴァルホールでセラフィン聴いたワーグナー師匠格に自慢され、ド突きそうになった




この美男美女を掛け合わせたのが








マルティナ・セラフィン、1970年、ウィーン生まれ
なお、マルティナにはダニエルという異母弟いるが、顔の作り悪いのは誰のせい?




1994年頃、マルティナ売り出しに、元夫婦+父親の後妻が一致団結していた
歌って踊れて演技力抜群での三拍子、演技力の部分には舞台映えする容姿も含まれる
歌役者の要素強いオペレッタ歌手育成は本当難しい
その条件を全部、マルティナが満たしていた
1993年にメルビッシュ湖上音楽祭総監督就任した父親はさぞかし意気揚々としていたであろう




だっちゅうのに
「トスカ歌うんですか?ヴェリズモ作品も歌ってますね??元帥夫人、タチヤーナ、エリーザベト???
TOKYOの新国立劇場、ニューヨークのMET、そこでジークリンデ歌ったとな(゚Д゚;∬アワワ・・・」
2000年代半ば頃より、リリコ・スピント及びドランマーティコな役柄へ移行しちゃったなんて
お父さんとお母さん、もお開いた口塞がらなかったんじゃないの~




冷静に考えると
お父さんはバリトン、お母さんはメゾ・ソプラノから出発したソプラノ
娘の低音域が充実していて当然と言える
ソプラノとて高音域支える中音域弱いと、想像以上にオケが分厚いプッチーニは手に負えない
バス歌手の父親とドラマティック・ソプラノの母親から、本物のコントラルト娘が生まれたケースあるよ
イーロッシュ譲りの硬質な声がプラスに働き、劇的な声質と合わされば
マルティナが、氷のように冷たいトゥーランドット、首切りサロメなどを歌って不思議じゃないでしょ




子供は育てたようにしか成長しないのが世の常ながら、例外も見られる
両親の美味しい所取り、その上、両親には絶対不可能な領域へ飛び込める能力
オペレッタ両親は自信持っていいわ
自分たちの教育悪けりゃ、美人だが中身はカラッポ娘で、親の七光りを汚しまくりだったかもしれないじゃん
親と同じ世界で親以上に成功するのもいいけど、娘独自の世界で名を上げるのはもっといい
マルティナって、音楽界内外の二世の中でも有数の孝行娘だと思うけどね




蛇足ながら
Gwyneth Jones Turandot In questa reggia
From a Vienna State Opera Gala in 1986. James Levine conducts. As Broadcast on PBS.
49歳での、少々のミスくらいなら許す
Dame Gwyneth Jones - In questa reggia
27. 04. 1996 in Metropolitan
59歳での、調子っパズレ何とかして
このアリア、前半のPrincipessa Lou-Ling、実演でならミス許せる
姫君じゃなくてプッチーニが冷血と言ってやるほど、意識して歌わないとコケる確実な難しい転調する点よ
最初から最後までオカシイのって、どんだけ寝起き悪かったんでしょね~
指揮したレヴァインも内心、唖然ボー然だったりして
1996年のMET音楽監督25周年記念ガラ・コンサート、7時間以上の長丁場だった
玉石混交であった中、石の一番と断言する




玉の一番はって?
17分後に登場する記事へと続く