アチコチ痛いので、昨夜から今日にかけて安静にしながら
イムジン河 悲しくてやりきれない きたやまおさむ 坂崎幸之助 南こうせつ - YouTube
といった辺りの、ともかく年齢に合わない懐メロ祭りに興じていた
そんな中、目に留まったのが
「メロディ・フェア Melody Fair」ビージーズ Bee Gees new - YouTube
作品解説
この映画には「大人社会からの独立戦争」という趣がある。
「結婚式」を取り締まるべく現れた教師たちであったが、
爆弾マニアの少年が作った初めての成功作によって総崩れになり、
少年少女2人が一緒にトロッコを漕いで出発していくラストは、
"Don't trust over thirty"(30歳以上は信用するな)の時代の雰囲気を伝えている。
また一方で、明らかに中産階級のマダムの一人息子であるダニエルと、
労働階級の娘であるメロディの出会い、労働階級出身とみえるオーンショーとの友情という、
イギリスの階級格差が少年少女の恋愛というセッティングの中で無視されているという面白さもある。
"Don't trust over thirty"(30歳以上は信用するな)
少年少女が自分もやがて30歳以上に成長するの想定出来なかった時代なのやらw
英国の階級格差が無視される、確かに面白いね
メロディと父親のやりとり場面を思い出すべし
真っ昼間からパブに入り浸ってるトーチャン、それとメロディの服装を見れば
義務教育終了したらすぐ就職するか専門学校に進む階層に近いと見る
つまり、『小さな恋のメロディ』は、少年少女が大人社会に組み込まれる前の「自由な時代」を描く作品で
厳然たる階級社会の英国なればこそ成立するファンタジーというか風刺コメディじゃね
原作・脚本が何しろ
「あんまし変わってへんな」と思ったのが
トレーシー・ハイド(メロディ役)が語る「メロディ・フェア Melody Fair ~小さな恋のメロディ~」 - YouTube
身長が164cmで童顔だったため、いくつになっても子役のイメージが抜けなかったジャック・ワイルドは
『小さな恋のメロディ』撮影当時ほとんど18歳
子役と言えたの、11歳のトレイシーと12歳のマーク・レスターの2名やろ
イギリスとアメリカではヒットしなかったが、
同じく1971年に公開された日本や、アルゼンチン・チリなどラテンアメリカ諸国では大ヒットした。
大ヒットした国でも、半世紀余り経った現在も尚トレイシー・ハイド忘れられてないのは🗾くらいちゃうん(・・?
映画出演してなかった頃も常に人気で、自宅訪問取材も見られた
おしゃまな妹:「パキスタン人養女の妹ザハラ」を追記しといて
8歳からバレエを習い、キッズモデルとして雑誌に載っていた。
それが映画監督であり脚本家のアンドリュー・バーキン(ジェーン・バーキンの兄)の目にとまり、
オーディションを受けるように勧められる。
そしてトレイシーは見事『小さな恋のメロディ』のメロディ役を射止めることとなった。
その後、イギリスでBBCなどのいくつかのTVシリーズに出演。日本でも1972年に沖雅也を相手役にした映画が企画された。
しかし勉強を続けることを望み、女優業を休業。秘書養成学校を卒業したあと法律事務所で秘書として働いていた。
その間も日本からの声援は衰えることはなく、
カレンダーが発売されたり、「ロードショー (Roadshow)」誌の「お気に入り女優」にランクインしていた。
1977年には同誌の招聘(しょうへい)で来日もしている。
1980年代に再び女優として復帰し、いくつかの映画やテレビに出演したりした。
1982年の映画『アリス (Alice)』ではジャック・ワイルドと再び共演した。
1988年の英テレビ番組『ザ・ビル (The Bill)』あたりまで出演していたが、その後女優を辞めた。...
実質、一発屋、それも🗾限定でしょが
何が笑かすって、「日本でも1972年に沖雅也を相手役にした映画が企画された」
企画流れてヨカッタんじゃね
🗾限定の人気と聞けば
イタリアのレイ・ラブロック、イギリスのレナード・ホワイティングと並んで欧州三大貴公子と呼ばれ、
1972年頃まで若い女性からアイドル的な人気を博した。
「欧州三大貴公子」自体、🗾限定やんけ
熱しやすく冷めやすい、昔も今も無節操に黄色い声上げるオナゴどもを思え
顔の出来一番地味なヴェルレーが映画出演のため来日し、『愛ふたたび』で浅丘ルリ子、『恋の夏』で小川知子と共演するも
その後スッと憑き物落ちたみたいに人気落ちたはずやでw
とにかく、🗾で映画に出たら後は下り坂コロコロ転がると思ったのが
1973年には日本映画『卒業旅行』に主演した。
18歳になって、自身が稼いだ資産でベルグレイヴィアに家を買い、フェラーリに乗り、また薬物にも手を出したりした。
しかし、それ以降は自身の成長と共に人気は下降し、1977年の『王子と乞食』を最後に出演依頼は途絶え、
本人もその事を自覚し、19歳の時に俳優を辞めた。...
同じ子役でも男の子は成長がキャリアの敵というか、女の子以上に厳しいからな
ついつい「キャリアからの卒業旅行でしたか」とツッコミ入れたくなるワイw