mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】

~midnight dribbler~(ウサギ畑でつかまえて)

綴り方教室で綴られた人生の希望と愛

17分前に登場した前記事より続いた



【マティちゃんの綴り方教室】(2009年6月5日)
…手先不器用なの
先週買ったタブレットから某所にコメント書いたら、滑る滑る、メッチャ時間食うた
手書き文字が、鉛筆やペンを握る力により脳ミソのどっかに刺激与えるため
キーを軽く押す程度のPCやガラケー普及当時、手書き能力と脳ミソの退化が指摘されたよね

企業の中には、研修を携帯持ち込み禁止の合宿で行い、新入社員の手書き能力を篩にかける所が見られた
タッチパネル型普及した現代だと、人間の着ぐるみ纏ったサルの惑星化?

最近すっかり字を書かず、読めても書けない事しばしばじゃ、こりゃ若年性ボケ一直線!を心配せねば~




1996年のペルー日本大使館公邸占拠事件のウラ話、泣ける
貧しく無学なゲリラが暇持て余し、国のえらいさんと机を並べてお勉強した
初めて読み書きを覚え、表現する楽しさにイキイキした表情を見せるようになったのに…
中身はごく普通の子供たちが最低限度の教育すら与えられないでいると、破滅に向かう例であった




功成り名を遂げようと読み書きに苦労した例を挙げると


早くから舞台生活を送ったため、十分な教育を受けられなかった、ミヤコ蝶々師匠
弟子であった南都雄二を年下婿さんに迎え、離婚後も縁を切らず、48歳で早世した元夫の最期を看取った
南都さんは、現在の名門私立男子校である清風中学校・高等学校に当たる大阪電気学校出身
師匠が台本の難しい漢字を弟子に、「何という字?」(それが、“南都雄二”の芸名の由来という説がある)
師匠といえど無学な姐さん女房を見下さなかった南都さんに感謝してたんちゃうの?
(師匠は無学いうたかて、女性版・藤田まこと=完璧な東西バイリンガルや、卑下したらあきまへんで)




ジェーン・フォンダロバート・デ・ニーロの共演作、米国映画‘アイリスへの手紙’(1989年)
デ・ニーロが読み書き出来ず、道を尋ねるとあそこの標識を目印にと言われ困る場面あった
読み書き出来ないって、生活に相当な制限受けるのが辛い
識字障害であるDyslexiaとなると、障害者への偏見との戦いであろう


‘沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇’(1995年)
Dyslexiaをひた隠しにしていた家政婦が、その事実を暴かれた事をきっかけに
雇い主であるブルジョワ一家に不満を抱くようになり
遂には、かねてより一家を憎んでいた友人とともに一家全員を惨殺するに至る
ルース・レンデル原作読んだ感想として、「こりゃ、雇い主一家の自業自得だわ」
Dyslexiaに関して無知は致し方ないとして、読み書き出来ない事自体を異常扱いして笑いのネタにする傲慢さ
映画に描かれたような、階級間の行き来無いフランス上層中流以上の場合
当たり前に思える事が当たり前じゃない面を持つに思い至らないほど、浮き世離れする
てか、♪ドン・ジョヴァンニで歌われるイタリア語を全部理解するフリしてたら、アホクサと笑えるわ




介護職員=低学歴=低収入との偏見を憂慮する記事へのコメントとして

こんにちは

「トシヨリ世代は、大学行くのが常識じゃない時代に育ち
加山雄三若大将シリーズのせいで勘違いしてるけど
大学ってね、そこそこ良い成績で卒業したかったら、遊びやバイトの暇無いよ
人の中身ダメなら、履歴書の見栄えする学校名でもコケおどし
どの教授に師事し、何を学び、自分と社会両面に活かすか、それが大事なの」

四大卒業した知り合いが言ってました(私は、高校中退)

親の経済力ありきのお受験環境育ちなのに
何らかの事情により、高卒や中卒で働く真面目な者を見てさえ
「いまどき大学行かないなんて、頭悪いか、家が貧乏なんですよ」
そういう自分は育児も親任せで、親の介護なんて嫌よのお子ちゃま主婦いたりします

頭悪いし、人間的なレベルも低いバカ職員も確かに存在するでしょう
バカ職員だけで介護職員全体を判断するのが
所得という目に見えるデータだけで物事判断するのが
お上から一般市民まで、想像力欠如したバカなんです
現場叩き上げによる人間力向上望むのは無理な相談なのやら…





相手さんの言う
・時には遺体も扱うような事も真摯にやっている者だっているのに、バカと判断されている状況は歪んでいる
土建屋さんとか現場の親父さんたちだって、立派な職業。彼らのおかげで建物や道路が安全に作られる
・学歴なんか良くてもいろんな仕事を転々としまくっている人はイマイチ信用出来ない
・学歴が悪くても一つの職場で長年勤め上げてきた人をを評価する
・社会に出てしまえば、信用の方が大事
全くもって、そうでしょ?




【マティちゃんの綴り方教室】での、超難解な中国語読み書きする賢い前ココ管理人への返信で触れたが
米国には、次のような感動的な実話がある
ラブラブのシド&ナンシー(仮称。縁起悪いネーミングは承知じゃ。語呂が良いので選んだまで)
ナンシーは別に、豪華レストランデートを希望してはいない
しかし、シドが何故メニューも見ずに手軽なチーズバーガーだけ注文するのか、デートのたび気になっていた
ある日のいつもより豪華なデートでも、ウエートレスが差し出したメニューを開かずに「チーズバーガー」
転機は訪れた
ウエートレスが冷淡な口調で、「当店では扱っておりません」
戸惑うシドを見かねたナンシー、「ねえ、たまには他の物を食べましょうよ」とメニューを開いてやると
シドは追い詰められた表情で、しかし思い切って、「ナンシー、ボクは、ボクはね…字が読めないんだ…」
シドは幼い頃、病に罹り小学校を休学、復学した時には同年齢たちから勉強が遥かに遅れていた
ほとんど読み書き出来ないのをからかわれ、孤立感からやがて高校以前に退学してしまった
読み書きが必要無い仕事に就き、何とか暮らせるが、外食ではメニューが敵である
そこでメニュー見なくても済む、米国の小さな食堂では普通に食べられるチーズバーガーしか頼めなかった
恥ずかしさで顔を伏せるシドを見て、ナンシーは優しく、「それじゃ、これから一緒に勉強しましょ」
視覚で覚える要素強い読み書きは、吸収早い子供時代でないとかなり骨を折る
シドはナンシーが辛抱強く寄り添って教えてくれたおかげで
遂に読み書き完全マスターのみならず、高等教育も突破、表彰受けるまでの立身出世果たしましたとさ




前記事ともに
「一期一会というか、人との出会いが如何なるものかによって、人生の明暗分かれる」
と言いたいわけよ