mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】

~midnight dribbler~(ウサギ畑でつかまえて)

We stick together ! Wir halten zusammen ! (連帯する)

Hillsborough disaster Pictures (You'll never walk alone)




『ジェラード「ヒルズボロの傷は決して癒えない」』
「あの場面を生中継で見ていた僕はものすごいショックを受けた。
知り合いがあの試合に行ってなかったかだろうかと思ったよ。
あの時、リヴァプール・ファンはみんなそうだったと思う。
あの晩、ベッドに入って、これ以上事態が悪くならないようにと祈ったのを覚えている。
だけど、悲しいいことに翌朝、恐ろしいドアのノックの音で、
いとこがあの試合に行っていて、悲劇的な死を遂げたことを知らされたんだ。
あの時の彼の母や父や家族の反応を見たから、ぼくは今のような選手になることができたんだ」
直接じゃないが若くして人の死に触れたから、自分の非を認められる優しい人間になる事が出来たのよ




もう一つのメモリアルデー
2012年09月24日 15:41

レッズおばさん、昨日2012年9月23日、これもメモリアルデーになりませんかね。

ユナイテッドとの試合前、『96』を背中に選手が出てきて、スタンドでも『TRUTH』の人文字、♪You'll Never Walk Aloneがいつも以上に熱入る。

リヴァプールだけでなく、ユナイテッドおよびプレミア、そして世界中の視聴者が後世に語り継ぐようになれば。
ヒルズボロの悲劇は何もリヴァプールを狙ったわけでなく、どこのチームを襲ったとしても不思議ではなかったと思えば。

マティヒェンさんへ
2012年09月25日 13:43

コメント、ありがとうございます。

記事さぼっていてすみません。(ペコリ)
実は・・・、(私これほんと多い)
右中指の靭帯痛めちゃいまして、キーボードが打てない状態でした。
今もテーピングしてるんで(お兄さん指とお姉さん指が仲良くくっついてる)打ちにくいこと。
お母さん指が必死に動き回っています。(笑)
十月中旬までの辛抱ですって。
ほんとドジ。

そうですね。
ヒルズボロのこと知らないフットボールファン世代が多くなっている現在で、
到底ありえないことが起こったという時代があったということ。
そしてそれは、決して二度と起こってはならないということ。
それを世界中にアピールできたのだから立派なメモリアルデーだと私も思います。

ヒルズボロの悲劇に関心を持ってくれて亡くなった96名に改めて弔慰を示してくださった多くのクラブチームにも感謝したいですね。
特にまるで自分のチームかのように取り扱ってくれたエバートンには胸が詰まるほどお礼の言葉もありません。
あの席に偶然なのか招待されたのか、それとも自分の意思で行ってくださったのか、ファーガソン監督もいらっしゃいましたね。ユナイテッドサポに模範を示してくださった行為に感謝申し上げたいと思います。

当時反政府気味だった労働者階級の多かったと言われるリバプール
事故は起こるべくして起こったのかもしれませんが、
その後の処理は、相手がリバプールだったからという意図的なものも否めません。
政府ぐるみであったのは既成の事実であり、
現在重度の認知症と言われるかわいいお花の名前の元首相さんは、思い出したくもない過去になっているのでしょうか。
全くもって皮肉な話です。


http://www.plus-blog.sportsnavi.com/antreds/article/393
レッズおばさ~ん、前にお借りした記事の、今度はコメント欄お借りします




ヒルズボロの悲劇ヒルズボロのひげき、英語: Hillsborough disaster)は、1989年4月15日にイングランド・シェフィールドのヒルズボロ・スタジアムで行われた、サッカー・FAカップ準決勝のリヴァプールノッティンガム・フォレスト戦において発生した群集事故である。

事故から20周年を迎えるにあたり全記録文書の開示を求める機運が高まると同書の調査を目的とした「ヒルズボロ独立調査委員会」が設立され、2012年9月12日に公表された報告書により観客誘導の不備のほか、緊急サービスの遅延や不十分な医療措置、警察関係者により捜査資料の改ざんや意図的な情報誘導が行われたことが明らかとなった。同年12月19日、高等法院は死因審問の評決を破棄し審理のやり直しを命じると、2016年4月26日に警備責任者の過失を認め、犠牲者は不当に亡くなったとする評決を下した。

Wikipediaヒルズボロの悲劇より引用 )

思えば、レッズって、その4年前には

ヘイゼルの悲劇(ヘイゼルのひげき、英語: Heysel Stadium Disaster)は、1985年5月29日にベルギー・ブリュッセルにあるヘイゼル・スタジアムで行われたUEFAチャンピオンズカップ 1984-85決勝のリヴァプールイングランド)対ユヴェントス(イタリア)の試合前に、サポーター同士の衝突がきっかけとなり発生した群集事故である。この事故により39人が死亡、400人以上が負傷したが、欧州サッカー連盟 (UEFA) は制裁措置としてリヴァプールに対して6年間の、イングランドのサッカークラブに対して5年間のUEFA主催の国際試合への出場停止処分を下した。

あの当時30歳に満たず、無邪気にサッカーを楽しんでいた私はユヴェントスのためにブリュッセルの地を訪れた。そして我々は暗闇に包まれた夜を経験した。あの試合は正常ではなかった。悲劇を経験した全ての人間はあの日の記憶を消し去ることはできないし、誰も忘れることは出来ない。今でも犠牲者とその遺族の方々を考えずにはいられない。


私は1人のイタリア人男性を覚えている。宿泊先のホテルからバスで移動する際に窓越しに彼と向き合ったのだが、彼は泣き叫んでいた。観客は試合を観戦するために外出することはあっても、死という結末を期待して外出することはない。サッカーにそこまでの価値はない。他の全ては色あせる。


Wikipediaヘイゼルの悲劇より引用 )

https://search.yahoo.co.jp/video/search?p=Heysel+Stadium+Disaster&ei=UTF-8&fr=mozff

ヘイゼルもまた諸々の悪条件が重なってるけど、加害者側だったんだよね




レッズの受難と情熱が、プレミア環境改善へと繋がった
しかしながら、人は誰しも、自らがドン底を経験しないと賢くなれないらしい
フットボールに於いても、他の事に於いても、同じようなミスを繰り返す




忘れるのが最善という出来事もあるけど
忘却も、罪であるは忘れちゃならない上でよ