mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】

~midnight dribbler~(ウサギ畑でつかまえて)

叩けば叩くほど味わい深い響きを奏でる、昭和の老太鼓(前篇)

2016-08-25 16:51:00 アメブロ別荘記事をば

【遅きに失する?否!我が闘争心に点火するだけの潜在能力を持てば】
昨日記事、♪老人と子供のポルカYouTubeで〆たね

 
ズビズバ~パパパヤァ~ やめてケレ 助けて~♪
悪魔の如き幼児たちが天使の如きボケ老人狩りするに見える恐ろしさよ~





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黒澤明監督の‘生きる’(1952年)にも歌う場面が観られる
1914年、帝劇歌劇部に第3期生として入り、オペラ歌手として歌唱法やダンスを学んだ
歌って踊れて演じられての三拍子揃って当たり前である
黒澤作品には、1950年の‘醜聞’に出演、ワンシーンながら印象的な演技を披露以来、合計7本に出演
どん底’(1957年)でのお遍路役は自他ともに認める代表作となった




…天邪鬼のmathichenさんがクロサワ映画如きで満足すると思うかい?


東京で不可解な手口による銀行強盗が頻発し、警察は容疑者を半ば強引に逮捕するが、そこに真犯人を名乗る青年・水野があらわれる。

水野は違法な人体実験の果てに、自らを自由にガス化できる体質の「ガス人間」にされてしまった犠牲者だった。愛する女性、零落した日本舞踊春日流の家元・藤千代のため、自分の体質を悪用して銀行強盗で大金を貢いでいた水野は、自らをガス化して悠々と逃亡してしまう。そして、世間の批判にさらされる藤千代の発表会が開かれるが、観客たちは藤千代に「ガス人間を出せ!」などと罵声を浴びせる。怒った水野が正体を現すと、観客たちはホールから逃げ出す。

観客がいなくなったホール内には警察の策略によってUMガスが充満していたが、藤千代は水野のために踊り続ける。踊り終えた藤千代が水野と抱擁を交わしながらライターに点火すると、ホールは大爆発を起こし、水野と藤千代は命を落とすのだった。

Wikipediaガス人間第一号より引用 )

1990年代後半、北野誠の打ち切りラジオに於いて、相方・竹内義和が熱弁を振るった迷作よ
竹内のオッサンは、藤千代Loveを熱く語った
当時アタシは映画を知らず、その何年後かにWOWOWで確認した
メッチャ、感動して、泣けたわ
藤千代が舞踏用着物のままブタ箱入りが笑えるものの(普通、それなりの囚人服を命じられるやろ)
彼女のために水野が心尽くしの発表会に感謝し
しかしながら、「自分たちにはもう、居場所は無い」を観念したので
「イジメられても頑張ろうね」とこの世に未練タラタラの水野の懐からそっとライターを取り出し
…愛煙家とはいえ、ガス人間がライター持ってたら危険?ビンゴ★

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藤千代と並ぶ猫背の老鼓師が、左卜全
藤千代が踊り終わった後も動かず、ボケ~と口開けて俯き加減で座っていた
爺さんも覚悟を決めての演奏だったのさ
エエ話やのぉ、心表れるわ
「心表れる」、「心洗われる」を変換ミスしてるとな?
アタシの心が洗濯されたのも事実ながら、老鼓師の心根が表れたのも事実なんだよ
水野と藤千代にとって、地獄への道連れだろうと味方いてくれるのって、神さん仏さんに映るがな




ボケ~と見えるが、心根が優しいと同時に、芯や意志の強さも持つ
左卜全にピッタリの証拠として、大賢者Wikipedia様から引用すると以下の通り

1920年大正9年)、関西に移り「新声劇」に入る。1926年(大正15年)、「松旭斎天華一座」に入り、三ヶ島天晴(みかじま てんせい)の芸名で活躍。満州、中国まで巡業に出た。

1935年(昭和10年)、東京へ戻り、経営者の佐々木千里に誘われて新宿の「ムーランルージュ新宿座」に入る。以来、左卜全の芸名で老け役の喜劇俳優として活躍しているところを松竹に引き抜かれて「移動演劇隊」に入った。しかし、この頃から左脚に激痛を伴う突発性脱疽を発症してしまう。医者からは脚の切断を勧められたが、俳優以外に天職が無いと考えていた卜全はあえて激痛を伴う脱疽と共に生きる決意をし、以後は生涯にわたり撮影時以外は移動に松葉杖を使うようになっていった。

・卜全は映画では根っからの変人を思わせる自然体の演技で、良き脇役として活躍した。ただその芸は日々の勉強に裏打ちされたものであり、卜全自身、「私の芸はぶっ倒れそうになりながら絞り出たものであり、自分自身、芸の世界に入ってからというもの毎日が死以上の苦しみであった」と後に回想している。


芸能界でも一、二を争うほどの変人として知られ、様々なエピソードが残っている。薬草をつんでは楽屋で干していて、「五種の野草を煎じた不老長寿の霊薬」の入っているという水筒を首から提げ、いつも撮影所に持ち込んで飲んでいた。

黒澤明監督もこの水筒に興味を抱き、中身が何なのか、俳優の土屋嘉男とよく話題にしていた。一度、土屋がこっそり飲んでみたところ、中身は単なるコーヒーだったという。また「脚が悪いから」と言って、撮影所では松葉杖をついて歩いていた。しかし土屋によると、バスに乗り遅れまいと二人で走ったとき、卜全は松葉杖を小脇に抱えるや、土屋を追い越してしまい土屋は追いつけなかったという。

・撮影所にはいつも妻が同伴していた。この妻は新興宗教の教祖で、信者は卜全ひとりだけだったといい、撮影の合間によく手を合わせてお祈りをしていた。ギャラはすべてこの教祖に捧げていたというが、土屋によるとよく手を合わせながら欠伸をしていたという。撮影所ではいつもよれよれのモンペ姿だった。

卜全と糸との夫婦仲は大変良好で、卜全が外出する時は必ず妻が付き添っていた。卜全は自身の誕生日に夫婦で銀座に出かけるのが恒例で、毎年とても楽しみにしていたと言う。撮影の際も必ず妻が付き添っており、特に黒澤監督の映画の撮影では卜全が重用されて『七人の侍』で何度も全力疾走したり、『生きる』で何十回もNGを出して録り直しをしたため、妻が左脚をマッサージしたり応急処置をするなど卜全を献身的にサポートしていたと言う。卜全も糸の事を大切に思っており、外出時は何かトラブルがあった時に糸を守れるよう、常に小刀などの護身用の武器を懐に入れていたと言われている。






奥さんに関しては、「爺さん、アンタ顔はともかく、中身は本物の男前だね」
新興宗教の教祖で、信者は亭主一人だけ
撮影の合間によく手を合わせてお祈りをし、ギャラは教祖様への捧げ物
現代の小娘青二才基準で見れば、鬼嫁に洗脳された完璧なATM亭主?
土屋嘉男証言の、「よく手を合わせながら欠伸をしていた」を考えてみなよ
・「アホクサ~」が本心
・そんでも「女房なる生き物は、山の神」を心得ていた
・おっかない、そーでない、いずれにせよ女房は崇め奉るが亭主の老後保障になる
・夫が外出する時は必ず妻が付き添っていたのは、左脚の有事に備えた介助の意味合い大
そーいう事でしょ
子供を預けてカネ稼ぎ熱中症、ハラボテ女房を外で働かせる腰抜けの小娘青二才に真似出来へんわ




爺さんが本物の男前と認定する一番の理由はね

このような奇行や飄々とした個性的な性格から芸能界随一の変人として有名だったが、私生活でも独自の生活スタイルを貫いた変わり者であったと言い、芸能界に何十年も在籍していながらプライベートでの芸能人の友人は一人もいなかったと言う。また、41歳の時に患った突発性脱疽が原因で脚が不自由になり身体障害者手帳を持っていたが、卜全は障害者手帳を持って外出する事はほとんど無く、さらに性格や普段からの奇行が原因で世間から「身体障害者を装っている」と思われる事も多かったと言う。激痛に耐えながら仕事をする夫の事を何も知らず、世間が勝手に「左卜全身体障害者の振りをしている」と噂している事に深く傷ついて怒りを抑えられなかった糸に対して卜全は全く動じず、逆に「何を怒っているんだ?逆だよ。そう言う噂があるからオレが助かっているんだよ。役者に病気があるなんて知られて同情なんかされたらそれこそ致命的だ」と糸に笑いながら話したと言う。





「障害持ちをセールスポイントにしない」
乙武何某とか、佐村河内何某とか、本物か偽装かに関係なくウザイってんだよ
特に前者、ホーキング博士級天才ならま~許せる不倫で、中身薄っペラペラが露呈したね

【Not Without Other.(他者の存在と自己の存在は二個一)】(2014年3月11日Yahoo!本館)

あのさ、障害者ってね、真に自立心持っていれば
足りない部分の補助求めたりはするが
腫れ物に触るような、あるいはペット扱いは良しとしないもんよ
障害者とトシヨリと子供は優しくされて当たり前と考える
怪しく思っても、「わ~、性格悪い人ね~」と逆に悪者にされる
問題提起すら出来ない民度低い国であるも問題かいな

弱者とされる者への支援と救済の実情を見れば、一般的な日本人は本当、思い上がり、サル以下だよ
卜全爺さんの、性格や普段からの奇行が原因で世間から「身体障害者を装っている」には
怪しく思っても、「わ~、性格悪い人ね~」と逆に悪者にされるが示唆されているよね
日本人の未熟で陰険な諸々を見抜く目を、卜全爺さんが持っていたという事ちゃうかい




断っておくけど、障害持ちやそういう事を売りにするのが全て間違いとは思っていない

【光と影に包まれた、美しき喇叭が鳴り響く処】
http://ameblo.jp/mathichen17/entry-11599650975.html

ブリキの太鼓’観た方ならおわかりの通り、ある意味、異形の集まりが見られる
こんな映画やドラマ、放送禁止用語云々を見れば、日本では絶対作れんわな
深刻な社会問題扱っても、小綺麗にまとめるというか、どこか絵空事っぽい印象受けるのが多いよね
受けないとすりゃ
平成生まれの温故知新しないガキんちょどもか、その手を生んだ親世代以上トシヨリ?
ドロドロギトギト何でもアリだった昭和と違い
いや、昭和にも小綺麗傾向は見られたが、現代は昭和以上に
何が良くて何が悪いか議論せず、すぐ人権だ個の尊重だをお題目に掲げ、臭い物に蓋をする
何とか団体から抗議くれば、事情聴取せず、すぐお詫びと訂正したりとかね
そのくせ、諸外国からの諸々に対しては、被害妄想ヒステリーっぽかったり、どっか変だ
大人がそんな後手後手だから、価値判断基準育っていない子供が一丁前の顔してツケ上がるんだよ
就活で頭下げる身を忘れ面接官にダメ出しすれば、生涯就職禁止環境に追い込むくらいでないとダメ
ニッポン限定基準が世界基準とばかりにゃ、他国の文化なんて理解出来る道理もないけどさ
血なまぐさい過去を引きずり、現代もなお新たな問題を抱えながらも
明るい未来を模索する欧州より何億光年遅れているを、ニッポン人はいい加減気づいたらどおよ




とにかく一つの国の世俗文化を世界的な大舞台で扱うには
「演出家は無論、演じる者にも、奥深い知性と教養が決め手である」
お笑い芸人が芸域の幅を広げ、シリアス演技で高評価受けるような展開って
その芸人が元来、懐が広く引き出しが多いに根差す
昨日記事に書いたが、左卜全にも当てはまると断言する




老人と子供のポルカが、学生運動や交通事故などで犠牲になる老人と子供の悲痛な叫びなら
左翼団体が用いる角材やそれに類似する棒状の武装であるゲバ棒
ゲバ棒のゲバは、ドイツ語のゲヴァルト(Gewalt/暴力・権力の意)を考えると
ポルカが現代にも破壊的威力を誇る迷曲、その意味わかった?
…意味不明なオチが、アタシの若年性ボケ危機を示す証拠と言えよう

Yahoo!本館版への追記




書いた本人が最も意味不明なドイツ四部作〆括り記事、【光と影に包まれた、美しき喇叭が鳴り響く処】
図らずも、投稿3年目に再登場したけど、ぶっちゃけ…






フォルカー・シュレンドルフ‘ブリキの太鼓’(1979年)、3歳で成長止めたオスカル少年だ
演じるダーヴィト・ベンネント、1966年スイス生まれ
"Blechtrommel" bei Beckmann 02/05
44歳にして、腐れニート風いうか、日本の街中にもよういてる小汚い中年親父であった
今年50歳だが、劣化進んだかしらん
彼なら、ドイツ語圏の左卜全になれる気がするの、極東のカタリーナ・タールバッハだけ?