「自治会費を払わない家の子はケーキなし」クリスマス会で泣いた7歳。役員のさじ加減で町外の子にあげる「不公平」も【専門家解説】(FORZA STYLE) - Yahoo!ニュース
子供がいる家庭は自治会に入ってほしい。子供は地域に関わって育つものだから。
PTAも同じ。親のメリットデメリットでなく、何かあったときに周りの大人が手を差し出せるようにしておかないと、
子供が辛い思いや体験をしたまま成長してしまうから。我が子のためにも親にはよく考えてほしい事案だと思います。
「年末年始ゴミ当番代わってもらえませんか?」挨拶もない隣人が突然襲来。子どもを理由に懇願され「知るか!」の心情【専門家助言】(FORZA STYLE) - Yahoo!ニュース
普段から挨拶したり、困ったことを助けてもらったりしていたら、
仕方がないなといいながら、代わることはあるだろうけど、
困ったときだけ助けてもらおうなんて、それも子供を盾にして。
そんなもの断るのは当たり前だよね。そんな人を助ける必要なし。
公助だけで成立しないから互助(自助)の自治会なのに
今だけカネだけ自分だけの1億総HumbleOrigin(賤民)社会化の投影でしょかね(・・?
と、それほど寒くないが冬至であり

冬眠しながら、「サテどおしようか」と考えていたコト
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NHK-FMの本編(演奏)始まる時間は大体12時40分から45分頃でも
毎週月~金曜 12:00~13:00放送
「俺たちの旅 ~十年目の再会~」前編/後編
「俺たちの旅 ~二十年目の選択~」前編/後編
前編:12月25日(木) / 後編:12月26日(金) 12:00~13:00放送
「俺たちの旅 ~三十年目の運命~」
2026年1月4日(日)16:30~18:55放送
ドラマ終わってねーよ
この間ナカムラさんを呼んで『五十年目の俺たちの旅』宣伝させたに等しいNHKが
自局年末恒例のバイロイトを19時20分や30分に放送開始していた時代に回帰しろやw
ま、明日22日の『ニュルンベルクのマイスタージンガー』は、ガン無視もしくは2時間ちょいの長尺である第三幕だけ聴く
2025年12月22日 (月)第46話(最終話)【男の旅はいつまでも続きます】
最後の最後に何故かジャンボ鶴田が登場する場面が最優先に決まっているw
『ニュルンベルクのマイスタージンガー』は今年の新演出だ
新演出はNHK-BSで放送されるので、その時の録画が残ってる
やはりBS録画した23日の『パルジファル』ともども、未視聴のままだけどね
あ”、改めて言うまでもないけど、アタシが聴くと地震発生率が非常に高い26日の 『ジークフリート』、コレは最初からガン無視w
録画未視聴の理由:「近年のバイロイト音楽祭は読み替え演出等のオンパレードで、👀が腐る思いするワイ」
昨年12月に
続・現代オペラ界水準:「俗なる舞台と俗なる人間模様が入り乱れる見世物小屋」 - mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】
聖地の合唱に合掌…O du mein holder Abendstern(夕星の歌) - mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】
親父はNYメトロポリタン歌劇場の『ニーベルングの指環』四部作、台本のト書きに忠実なオットー・シェンク演出について
「見た目だけで奥行き無しのディズニーと同じ」
照明の魔術で斬新なヴィーラント演出とは雲泥の差の、カネの計算能力で抜群なアンタが言うなとはいうものの
シェンク演出評は決して間違ってないよ
但し、シェンクsage、自分自身や現代演出家ageなど、マウント取って完全否定までしておらず
古典的な演出やそれを上演する歌劇場の存在を認めている
一方娘は、「古典期な舞台をお望みなら、NYやウィーンまでどうぞ」
NYやウィーン国立歌劇場も時代につれ古典的な演出ばかりでなくなっているのに
「実験工房」たるバイロイト音楽祭及び現代演出信奉者だけが最先端みたいな生意気で賢しらぶった発言をした
おかげ様で、アタシゃ今や、カタリーナに対して殺意まで覚えるワイ
馬鹿利異名もといカタリーナ・ワーグナー、作曲家の曾孫娘が悪い意味での女帝と化してると書いた
ぶっちゃけ、来年2026年が超怖コワなのね
当所、ワーグナーのオペラ、楽劇全10作品を上演する構想が語られていた
駄菓子歌詞、人件費を中心とするコスト上昇を受け、規模が大幅に縮小される事になった
上演されるのは『さまよえるオランダ人』、『パルジファル』、『ニーベルングの指環』四部作、『リエンツィ』
バイロイトでは『さまよるオランダ人』以降のワーグナー作品だけ上演されるが、音楽祭創設150周年を迎える記念として
『さまよるオランダ人』以前の『リエンツィ』が初めて上演される
また、2026年は1872年5月22日の祝祭劇場の定礎式でワーグナー自身が指揮したベートーヴェンの交響曲第9番で開幕する
10年前か某指揮者と場外乱闘を演じた俺様指揮者クリティアン・ティーレマンが久々にバイロイトに登場するけど…

何処が「ワルキューレの騎行」やねん、~゜・_・゜~宮家キーコの奇行と大差無しは置きw
大不評だったヴァレンティン・シュヴァルツの『指環』演出がようやく終わるのは朗報
『さまよえるオランダ人』と『パルジファル』は、これまでの演出を踏襲するため、頭痛が続く
『パルジファル』の指揮は、2028年の『指環』新演出で予定されるパブロ・エラス=カサドはマァいい
『さまよえるオランダ人』を指揮するオクサーナ・リーニフは女性指揮者なので、個人的にアレルギー発症する
何が一番怖いと言って『リエンツィ』
音楽祭150周年を記念する歴史的なこの上演を担当するのは
演出がマグドルナ・パルディトカ(Magdolna Parditka)とアレクサンドラ・シェメレディ(Alexandra Szemeredy)の女性コンビ
指揮は、2023年7月に、バイロイト2人目の女性指揮者として『タンホイザー』の指揮台に立ったコントラルト歌手ナタリー・シュトゥッツマン
早い話、「オール女様プロダクションになる」(戦慄)
いや、演出家の場合スタッフも女様が占めそうで悩ましいけど
演出家or指揮者、つまり1つのプロダクションに女様が1匹だけなら認めても構わない
音楽祭総裁も女様だけに、「🗾の女様総理内閣か?w」
内閣に限らないが、女様って1匹抜擢されると何匹も連動する傾向あるよね
「ワタシが取得したら、皆取れるでしょ」、首相が産休取得したら議員も次々と連動したニュージーランドを思い起こすべし
もう辞めたアノ首相、元男だけど改造無しらしい股間を思いっ切り蹴り上げたくなる件置いといてw
とにかく、男性原理社会までいかずとも、男の頭数多い分野に1匹の女様が何匹もゾロゾロを見るたび、違和感アルアル

男女どちらにせよ、人の話聞かないタイプは1匹でも面倒極まるけど
男女平等を盾とし、男に無用の我慢させる、そのくせ都合悪くなれば「女は弱者なのよー」を切り札に使う女様が、徒党を組むと?
女様は、子宮でモノ考える近視眼的発想、仲間割れしやすい、マウント取り合いに忙しい生き物である
男衆の集まりより女衆の集まりが偏狭で排他的と感じるしね
そもそも、何が何でも『リエンツィ』に女衆Onlyの必要性あるの?
男衆Only、男女混合より有能と法律で決まってるの??
てか、男衆Only、男女混合をジックリ吟味した上で、女衆Onlyが最適解だった???
何と言うか、凋落の一途にある音楽祭の起死回生策として「女だけで何でも出来るのよ」アピールと感じるんだわ
音楽祭100周年記念『指環』演出と 対極の結末を迎えたら面白過ぎる頃な

ブルジョワジーという人間界に於ける神々も黄昏時の頃なw - mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】
21世紀現在、斬新どころか、読み替えしてもわかりやすくて大人しい演出だが
1976年には、パトリス・シェローと、彼を起用したヴォルフガング・ワーグナーが死ぬほど叩かれた
シェロー自身が初年度の難点を改善し、ヴォルグガングが気長に支持したからこそ
最終年度(1980年)の1時間半に亘る大絶賛カーテンコールを迎えられた
最初から完全無欠でなくていいけど、改善の余地すら与えないほどの大不評があり得る事を
2026年の『リエンツィ』が果たして、想定し、覚悟決めてるのか知らん
2027年からは、新制作が2作目途となり、これまでは大体4~5年くらいのサイクルだったものが
人気の出たロングラン演出以外は、他の劇場でも上演出来ようにするという

バイロイト門外不出の伝統を破る意味だけど
ライト層が支持する自己満アタオカ演出の所為で、重症ワグネリアンが追いてけぼりとなり
コア層の音楽祭離れが著しい時代に、他の劇場でも上演する価値持つ演出が生まれると思えないのにね
尚、バイロイト音楽祭が本当に「実験工房」で斬新的だったのは、1950年代だよ
1945年に連合軍機の空襲を受け、劇場は無事だったものの、1951年まで開催されない状況に陥った
ヴィーラント&ヴォルフガング兄弟が、鉤十字の総統閣下を崇め奉る母ヴィニフレートを追放後
1951年7月29日、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮のベートーヴェン『第九』で音楽祭が再開された
再開されたとはいえ、音楽祭は尚資金不足が深刻であり、苦肉の策を講じる
最低限の簡素なセットに照明を巧みに当てて、暗示的に舞台背景を表現するという、新機軸の舞台を考案した
この資金不足の賜物であった「空っぽ」な舞台こそが、カール・ベームの新即物主義的な演奏と共に
戦後の欧州オペラ界を長らく席巻する事になる「新バイロイト様式」の始まりであった
ヴィーラントが担当した『ニュルンベルクのマイスタージンガー』1956年第一次演出なんて

町並みなどが一切無いDie Meistersinger ohne Nürnberg(ニュルンベルク無きマイスタージンガー)となった
ある意味、「カネ無いけど本物の創造性有る点こそバイロイトの伝統」
人件費を中心とするコスト削減しようと無駄多くてコスト浪費に近く、コア層に支持されない姪の演出及び外部演出家とは大違いw


伝統的舞台は概ね、40年前に終焉を迎えた

眼鏡外すと祖父さんそのまんまのヴォルフガングが最後の最後に突如現れる1981年初演の〚ニュルンベルクのマイスタージンガー〛
ヴォルフガング第二次演出だ(1968年に第一次、1996年に第三次)
画像左端に立つ市書記ベックメッサー、右端に立つ靴屋ザックスの手を取り、握手させ、和解へ導く
これ実を言うと反則に当たるものの、舞台全体は極めて伝統的なものとなった
バイロイト全体の演出はその後、徐々に変化していく事となり、読み替え演出なども増えるが
コア層を繋ぎを繋ぎ留められた時代は、ヴォルフガング総裁の時代でほぼ終わっている
ライト層やアタオカ演出家の仲良し倶楽部音楽祭を作り上げたカタリーナでは、無理が多過ぎる
ある程度の客を集める事出来るけど、質の上では上ではこれからもドンドン凋落を続ける音楽祭でしょね
最後に、当記事題名について
NHK-FMのゲストに

深作欣二監督の息子というコトは、女優・中原早苗がカーチャンやな
演出家としての代表作に
僕たちは世界を変えることができない。 - Wikipedia
コレを借り、カタリーナ総裁のバイロイト音楽祭に嫌味かましてやったまでw👅
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