昨日記事でなく一昨日記事からの続きをば


【フェミの理想が破綻】弱者女性が地獄を見る時代に突入…男がもう助けない理由 - YouTube
女性『平等にしろ!』
男性『え?マジで??』
社会『平等にします』
女性『貧困だ!男性が悪い!』
男性『そりゃそうなるよね』
社会『平等と公平の区別がついていないだと!?』
平等と公平の区別がつかないほど、フェミなんぞ真性知恵遅れでド低能のアバズレちゅう意味だよw
「男尊女卑」という言葉の響きだけで女性差別だなんだと騒がれてたけど、
実は男尊女卑は女性を守るための仕組みなんよな。
よく考えもせずに、くだらない言葉狩りを繰り返した結果がこれだよ
男が正常で騎士道精神を発揮したら、男尊女卑は女にとってセーフティーネットとなるだよね
権利が少ない代わりに保護されていたんだよな。
権利を求めたら保護も少なくなるのは分かりきった結末。
少なくても権利はあった
必要以上に欲張るから、保護という権利を喪失してしまう末路を辿る
1行に纏めると
自分を助けてくれるかも知れない人を弱者男性と笑って攻撃してたら、そら助けてくれなくなるよ
しかも、恵まれ腐った塵フェミと同じ条件持たない女性をも地獄の道連れにしてる胸糞ぶりだしな
それ思えば、極めて正常だったと言えるのが

ニッポンから来た夫と父親の奥深い人間愛により - 時空と想念の交錯
鬼より超怖コワなのねのサイゴン女房でしょね
今から半世紀余り前、東京で暮らし始めた頃、ニッポン亭主の友人達が心配して忠告するほどスパルタ教育で娘に厳しかった
「ココはサイゴンじゃないから、かなり抑えてる」
抑えなければ、青アザだらけとなるくらい張り飛ばしていたんだからw
ナウさん自身も、母親から張り飛ばされながら成長したので
離婚ボッシーとして暮らしていたサイゴン下町の長屋に同居する大家族のジジババ連中から甘やかされ気味のユンを見て「マズい」
んで、「女の子が勉強出来たって家事が出来なかったら、将来、結婚した時、女の子自身が恥をかくだけ」
ユンが幼い頃から家の手伝いさせ、失敗したら盛大に張り飛ばしていた
東京及びニッポン亭主の転勤先バンコクに於いては、体罰が無い代わり、朝から晩まで一服する暇を与えなかった
ユンが東京のリセ・フランセに登校中はナウさん自身が家事をやるも、ユン帰宅と同時に次から次へと用事を厳命する
従って、ユンがリセから毎日毎日持ち帰る大量の宿題は、夕食の後片付けを終えた夜8時頃に始まる
宿題終わっても、性教育=日テレ系『11PM』観賞のため、日付変更線を越える頃まで寝られない
女中さんが主に家事するバンコクでも、ママンから女中さんが絶句する級の怒声を浴びせられながら
ホームパーティー等には、料理の配膳他、来客へのお・も・て・な・しに努める
と、202年現在の🗾基準ならば確実に猛毒母100%認定される凶暴ぶりを呈した
母親は娘が可愛くなかったのか?
泣くほど可愛かった
語学でも何にしても本人の努力が絶対条件ではありますが、
音感や運動能力と同じで、相当生来の才能がものを言いますね。
わたしはとっても苦手です。
近藤氏のお嬢さんは、環境の激変もあり、さぞ大変だったでしょう。
お母様の厳しさにお父様の配慮が彼女を支えていたと思われます。
2012/10/16(火) 午後 11:48 [ ふうちゃんP4 ]
>>ふうちゃんP4さん
近藤夫妻はバンコクで、娘が英語ペラペラ見て
「あの子おしゃべりだから、覚えるの速い」「前世は九官鳥だったんだろ」(^_^;)
東京時代は16,7歳なのに白髪見られたほど、神経使っていたみたいです
バンコクには両親だけ、娘は寄宿舎に入り東京に残る選択した際
1979年11月のNHKドラマでは空港での設定、実際にはリセの校庭で、恐ろしい母親が泣き出し
「ママンに嫌われていない」と娘が安心したらしい場面あります
厳しいが実は優しい、優しさ持つと同時に厳しくもある
夫婦がバランス取れていたのが、娘にとって良かったのでしょうね
2012/10/17(水) 午前 1:36 [ mathichen ]
NHKドラマでは確か、空港ロビーで「何処にいても、ベトナム人だよ」を泣きながら諭していた
「女の子が勉強出来たって家事が出来なかったら、将来、結婚した時、女の子自身が恥をかくだけ」
これ、勉強するなの意味じゃない
ナウさん自身がそういう育ちであり、10歳そこらで学校辞めさせられた
その後も隠れてカトリックの尼さんから学習したものの、母親に見つかるや、教科書類江尾取り上げられ捨てられた
小学校中退に等しく、早稲田文学部大学で仏文専修し首席で卒業したニッポン亭主と真逆の無学となった
行商したりなどの労働は厭わず、むしろカネ稼げるから朝から晩まで働く大好きながらも
無学でなければ就業にもイロイロ選択肢が増えたとあって、娘の教育に厳しくなったのね
その証明が
見返りを求めない無償化ほど高額なモノは無い - mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】
ともかく、フランス人は基本3食で一番豪華な昼食を自宅で家族揃って食べる印象が強い
パリへ行った妻と娘 | 近藤紘一のあらすじ・感想 - ブクログ
継娘のユンは23歳になって、パリでバカロレアを取得し、職業学校に入り、婚約者も出来た
隣に写る青年が3個年下の婚約者で、ユンが止宿するルロワ家の長男ピエール
ユンとは学年異なるも一緒に大学へ通うを楽しみにしていたのに
ユンが大学は登録だけし秘書学校に行く事を悲しんでいた
悲しんでいたのはピエールの母=姑予定も同じで、「お昼に冷たいサンドイッチだけなんて!」
帰宅して皆と一緒に豪華で温かい昼食摂れないほど、ユンが秘書学校の授業に忙殺されていた意味よw
『パリへ行った妻と娘』は、東京のアパートから始まる
ニッポン亭主がサンケイ聞東京本社に呼び戻され、再び内勤となった
ユンはパリ留学なので夫婦だけで🗾帰国し、夏休みの時期に、ユンがピエールを連れて一時国した
結果
ある朝、ニッポン亭主が目を覚ますと、ピエールが土下座しおり、「ユンを嫁に下さい!」
バカロレアに合格したユンが進学しないを知り、「🗾に帰っちゃう?!」、永遠に引き離されると悲観でもしたのか
正式な婚約交わしたら、職業学校でなく大学に進学するとでも企んだのか
取り敢えず求婚を決行に打って出た模様
その日の昼、ピエールは近藤家食卓でナウさんやユンに手伝って貰いながら巻いたゴイ・クォン(生春巻き)を食べたが
その場面で、ナウさんがユンに大説教を始めた
「大学なんていつでも行ける
結婚するにしても、予定通り、職業学校へ行きなさい
結婚したら、離婚する事も、旦那さんが病気で働けなくなる事もある
いざの際に何も出来ませんは通用しないよ」
それを聞いたピエールが慌てて「ボク頑張って働きます!」」と誓うも
ナウさんは「有難う」の後に、「でも、ユンの将来を考えたら、手に職はとても大切な勉強なの」
大学受験合格した年に入学しないと資格喪失するアフォな🗾と異なり
仏蘭西のバカロレア、独逸のアビトゥーアは、登録したら自分の好きな時期や都合良い時期に大学に通える
何らかの社会経験値、あるいは、職業学校を経てから大学進学して構わないわけよ
ユンの選んだ秘書学校が資格取得まで何年要するかわからないけど
正式な婚約交わしておけば三十路手前に結婚した計算となる
パパの生没日を見ると、1940年11月27日 ~1986年1月27日
ママンは「パパの喪が明けるまで、結婚ダメ」と厳命した
ベトナムの喪中は、近年では1年程度とする事が増えているが、伝統的に3年間とされていた
1961年生まれのユンが1989年か1990年に結婚ならば、晩婚というほど遅くない
憧れの旧宗主国で希望する職に就け、丸高年齢前に息子も授かった
パリで母になった娘も今や孫ちゃんがいて、2023年5月時点では90歳近い高齢で存命のナウさんと一緒に👶😻かもね

[フリー絵画] ヴィクトル・ヴァスネツォフ 「岐路に立つ騎士」 (1882)
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