mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】

~midnight dribbler~(ウサギ畑でつかまえて)

愛に生き、ある晴れた朝に、誇り高く散る~蝶々夫人~

朝、よく晴れた空を見て「あ”、5年前と曜日まで同じやわ」

2018年~2021年に菩提寺主催で行われた浄土宗八総大本山巡り九州編の2日間ね

 

 

 

 

2日目に

ja.wikipedia.org

蝶々夫人』の舞台となる長崎へ行き、グラバー園三浦環プッチーニの像を拝んだ

 

 

 

 

蝶々夫人』といえば、昨日記事への文字リンク

👇

Anneliese Rothenberger als Butterfly (mit Brigitte Fassbaender, 1965, auf Deutsch) - YouTube

Excerpts from the 1965 German film version of Puccini's opera "Madame

Butterfly", with an excellent cast:

Butterfly: Anneliese Rothenberger

Suzuki: Brigitte Fassbaender

Sharpless: Barry McDaniel

Director: Herbert Junkers

第二幕抜粋だけど、一般JPの👀にはどう映る(・・?

ちなみに

Mit eine der schönsten Butterflies die einen berühren obwohl die kein dramatischer Sopran war .

Sue war eine große Sängerin die durchaus mit den anderen großen Sängerinnen in diesem Fach mithalten konnte

ローテンベルガーはドラマティックなソプラノ歌手ではなかったものの

この分野の他の偉大な歌手に負けない素晴らしい歌手でした

『トスカ』もだが、オケが怒涛の如く押し寄せる箇所で、中音域が分厚くなる

第二主役であるピンカートンの数倍に及ぶ)ため、また若く愛らしい娘の役であるにも拘らず

プッチーニのソプラノ諸役の中でも特に声域が低く、中低音域に重点を置いた歌唱が求められるため

「ソプラノ殺し」の作品とも言われる所以よ

蝶々さんの場合、ほぼ出ずっぱりの長丁場とあって、録音しても舞台未経験のソプラノがいる

まだ15歳の少女という設定なので、ソコソコ熟練した歌手が「15歳で~す」と答える場面では

「51歳の間違いやろぉ」、客が含み笑いの展開あり得るし、そーいう実話聞かれたほどだw

 

 

 

 

従って、日本人ソプラノは『蝶々夫人』を軽く考え過ぎている!と断言してやる

トゥーランドット』の題名役及び奴隷娘リューと並んで、登場人物の出身地が東洋と指定されるため

日本人は無論、中国人、韓国人、とにかく亜細亜系ソプラノにとって(゚д゚)ウマーと有難い役柄であるが

求められる力量はワルキューレ級、戦艦みたいなワーグナー歌手級のもの

そんじょそこらの歌手が問答無用のバタフライ歌いとして成功収めるのは至難の業

オランダのリート歌手エリー・アメリンクによると、日本人は特に厳しい

感情表現面に於いて、内向的なため、外へ向かう中国人や韓国人と比較して不利も指摘出来るが

高音域はいくらでも出るが、中低音域が弱い、それが声楽面の課題という

「中音域の支えがあってこそ、安定して輝かしい高音域が生まれるんですけどね」

昔年を思えば、日本人歌手の技術は向上し、世界を席巻する戦艦ソプラノが出現する可能性持つ

しかしながら、諸刃の剣的な役柄を、それなりに歌えるからとホイホイ食いつくのは考え物だっちゅうの

 

 

 

 

ぶっちゃけ、演出は

mathichen.hatenablog.com

真面目な話、配慮を言い出したら、白人歌手の仕事の選択肢を狭めるぞ

それだけの強権が東洋に認められるとでも?

タカラヅカの「ホワイトフェイス」は良く、オペラの「イエローフェイス」は悪いとならんやろが

そもそも、先程触れたように、オペラの発祥と醸成は西洋だ

蝶々夫人』はイタリアオペラ、『微笑みの国』はベルリンで初演されたオペレッタ

作品の成立背景には19世紀以来欧州を席捲していたオリエンタリズムがある

『微笑みの国』の場合、欧州の人々の中国認識が極めて大雑把なものであり

劇中スー・チョン殿下が4人の妻を娶らされる話も中国をイスラム教国と間違えて認識したことによる

(但し、中国にも大官が自宅に複数の妾を蓄える習慣はある)

要するに、元来「青い目の見た東洋」であり、厳密な考証よりはファンタスティックな東洋を描くのが本筋なの

厳密な考証に基づくリアリズムが悪いわけじゃないけど

リアルを金科玉条にすると、異論を認めず弾圧するファシズムと同じ穴の狢になるっての

どれだけ厳密な考証に基づくリアリズムで描こうと、肝心要の歌唱がイマイチ

着物👘が左前だろうと、歌唱は絶品

サテ、どちらを選ぶ(・・?w

 

 

 

 

ところで、【富士山が長崎に聳えていてナニが悪い?w】の中に

ja.wikipedia.org

フレーニはイタリアのモデナで労働者階級の家庭に生まれた。

彼女の母親はルチアーノ・パヴァロッティの母親と同じタバコ工場で働いており、同じ乳母の乳で育ったという。

彼女は音楽的才能に恵まれ、

10歳でラジオ局の主催したコンクールで『ある晴れた日に』(プッチーニの『蝶々夫人』)を歌い優勝した。

しかし著名なテノール歌手ベニャミーノ・ジーリは、このまま歌手として歌い続けると早晩喉を痛める危険性があると警告し、

もう少し歳をとるまで歌うのを中止したほうがよいと助言した。彼女はこれに従い、17歳までステージで歌わなかった。 

同じ乳母の乳で育ったパヴァさん曰く「お医者さんごっこ以外、何でも一緒に遊んだ」置いといてw

フレーニは結局、30数年前に第二幕と第三幕だけを除き、舞台で『蝶々夫人』全曲を歌わなかった

スタジオ録音は残している

Giacomo Puccini – Madama Butterfly – Karajan, Freni, Pavarotti, Ludwig, Kerns, VPO, 1974 [24/96] - YouTube

Mirella Freni as Madama Butterfly (Cio-Cio-San)

Luciano Pavarotti as B.F. Pinkerton

Christa Ludwig as Suzuki 

Robert Kerns as Sharpless

Konzertvereinigung Wiener Staatsopernchor

Wiener Philharmoniker

Herbert von Karajan, conductor

Studio recording, 1974

Mirella Freni; José Carreras; Teresa Berganza; "MADAMA BUTTERFLY"; Giacomo Puccini - YouTube

Mirella Freni--Cio-Cio San

José Carreras--Pinkerton

Teresa Berganza--Suzuki

Juan Pons--Sharpless

Giuseppe Sinopoli--conductor Philharmonia Orchestra

1987

カラヤン指揮の旧盤の表記がおかしい?

DVDジャケットに記載されるDomingoを指すなら、間違っておらず、プラシド・ドミンゴが歌ってるぞなもし

Puccini - Madama Butterfly full Opera english subtitles Soprano Mirella Freni Tenore Placido Domingo - YouTube

『蝶々夫人』全曲(オペラ映画) ポネル演出、カラヤン&ウィーン・フィル、フレーニ、ドミンゴ、他(1974 ステレオ) : プッチーニ (1858-1924) | HMV&BOOKS online - 0735131

このオペラ映画は、1974年1月にカラヤンがデッカにおこなったセッション録音のピンカートン役の部分を、

ドミンゴが1974年9月に録音したテイクに差し替えた音源を使用して映像制作がおこなわれたもので、

奇抜なアイデアが盛り込まれたその内容は賛否両論でした。

演出家のジャン=ピエール・ポネルは、

生き生きとしたドラマ進行とシルエットやポーズの象徴的な表現で人気のあった人物で、

ここでも奇抜な視覚要素を散りばめながらも、悲劇に向けての進行を鮮やかに描き出しています。

冒頭、障子を突き破ってあらわれるTシャツ姿のドミンゴにはじまり、

異様な様式化を施された日本家屋や、文字通り仰天せざるを得ない神官の登場シーンなど、

日本人から見れば奇想天外もはなはだしい描写が連続する演出ではありますが、

プッチーニ自身、別に民俗考証万全の台本に取り組んだ訳ではなく、

これはこれでメルヘンとして、美しい音楽を活かす演出と言えるのかもしれません。

実際、プッチーニ自身は『蝶々夫人』の音楽を、数ある自作の中でも特に気に入っていたと言いますが、

カラヤン指揮する演奏の、ときに陶然とするばかりの耽美的なドラマ構築は

そうした話を十分に裏付ける見事なものと言えると思います。(HMV)

映画制作時にピンカートンを変えたの、ヒゲ🐷では絵にならないから(・・?

パヴァさんは巨体ながらも、3テノールで一番足長だっちゅうのにw

 

 

 

 

ジャン=ピエール・ポネルはなるへそ、日本人から見れば奇想天外も甚だしい描写が連続する演出ではある

でも「それが絶対、異国情緒なんかより、蝶々さんの性格に相応しいよね」の場面が挙げられる

"Un bel di vedremo" Madame Butterfly (Puccini) - Mirella Freni, Herbert von Karajan, 1974 - YouTube

6° Madama Butterfly " Mirella Freni - " Che tua madre " Tu ! tu ! piccolo Iddio " - YouTube

服装だよ

時代設定を明治中期から第一次世界大戦前の大正初期辺りに移してるけど

蝶々さんは結婚式前日にキリスト教に改宗した

その結果、三々九度など一連の結婚の儀式が済んだ頃、蝶々さんの叔父のボンゾが現れ、彼は蝶々さんの改宗を怒って詰問する

結婚斡旋屋のゴローに蝶々さんを紹介されたピンカートンが、一時の愛で現地妻程度の感覚に対して

この結婚が永久の縁と堅く信じている蝶々さんは、夫がアメリカ人なら、妻となった自分もアメリカ人で

信仰も当然、夫のそれに従うと考え、十字架を身に着けている

今はアメリカに居るが必ず長崎に戻り、戻った暁には遠からず自分と坊やもアメリカに連れ帰ってくれると信じているならば

主人の留守を預かる妻として、和装が邪道で、洋装こそ正装でしょ

 

 

 

 

ピンカートンは確かに、長崎に戻り、蝶々さんと坊やが待つ家に足を運んだ

自国でケイトと結婚したピンカートンが坊やをアメリカに連れ帰り、ケイトが養育するためにね

蝶々さんが気長に夫の帰りを待っていたを知り、罪悪感によって深く打ちひしがれ、自身を恥じたピンカートン

彼の代わりにケイトと対面させられた蝶々さん、感傷的な穏やかさを湛えつつ真実を受け止め

これで平穏が見出されるであろうと、礼儀正しくケイトを祝福した

(1904年ミラノ初演版では、ケイトが態度悪く、観客の反感買ったようだけどw)

どうあれ、蝶々さんに残るものって?

かつて「子供のために芸者に戻って恥を晒すよりは死を選ぶわ」と叫んだのは、感情的になっていただけ

子供のためなら、母親なら絶対、逃げも死にもしない

芸者に戻るか、何もかも承知で結婚を申し出た裕福なヤマドリ公爵に頭を下げる

実家は大村の没落士族の家であり、落ちぶれても誇り高い娘ながら

真に誇り高い女性なら洋の東西問わず、子供を守るために我を抑えて生きるもの

最後の生きる希望であった坊やを失い、女性だけでなく母である名誉をも失えば 、恥を晒してまで生き続ける必要無くなる

従って、自害を選ぶ

坊やも将来、遠いアメリカにて、母の最期を知るだろうが、2,3歳の幼児に不安や恐怖を与えてはならない

蝶々さんは坊やが母の自害を目にしないよう、星条旗を渡して目隠しさせ、刀を喉に突き立てるが

Mirella Freni - Death of Butterfly - YouTube

「名誉のために生けること叶わざりし時は、名誉のために死なん(Con onor muore chi non puo serbar vita con onore)」

今度はそれが自害に於いて正装となる和装姿で釣り合い取るのが良い

 

 

 

 

フレーニの白塗りを見ると、怖コワなのねで夜中にトイレ行けなくなるものの

観るべきオペラ映画の1作としてオススメしとく

 

 

 

 

最後に

「マジ止めれ!」「間違っても全曲を舞台で歌うなよッ」それは

Un Bel Di Vedremo - Narcis - Madama Butterfly -G. Puccini - YouTube

カウンターテノール、つまり男

LGBTの末世に女装でもされたら、フレーニの白塗りより怖コワなのねw

 

 

 

  

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