FC2の本館とDaysに来るヘンタイ人間どもが、ドイツ人で過去へタイムリップしても、絶対採用されない職場わかる?
Ministerium für Staatssicherheit、略号:MfS、通称: Stasi
ドイツ民主共和国(東ドイツ)の秘密警察・諜報機関を統括する省庁ね
全盛期には対人口比で同じナチス政権下のゲシュタポ、ソ連のKGBを凌ぐ規模で、徹底的な相互監視網を敷いて国民生活の抑圧を行った
国民62人か63人に対し1人が監視するんだっけ???
管理人がアクセス解析設置してりゃ、コソコソ監視してるのバレるFC2訪問者に務まるまいw
1人で100個以上ファンポチして監視が存在したYahoo!ブログ利用者にも務まるまいww
ファンポチは押された側が管理画面を監視してりゃすぐバレちまい、監視者はスパイ失格やんwww
スパイが自己紹介して許されるのは007、ジェームズ・ボンドだけとして
シュタージ、か
最近視力悪過ぎて観てないけど
The Lives of Others | Das Leben der Anderen | Ending (Spoiler Warning!)
善き人のためのソナタ - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画
反体制を疑われ監視されていた劇作家のドライマン
ベルリンの壁崩壊後、ドライマンは、自らがどのように諜報活動をされていたのかを情報開示請求したら
HGW XX7というコードネームの工作員が、自分を庇っていてくれたことを知り
新著『善き人のためのソナタ』に、「感謝を込めてHGW XX7に捧ぐ」と書いた
ドライマンを監視していた工作員で、統一ドイツではチラシを投函する仕事に身をやつしているヴィースラーが本屋で見つけ
レジで贈答用かと聞かれると、「No, it's for me.」(Nein, es ist für mich:自分のための本だ)
監視する側と監視される側が向こう三軒両隣などでないのが鍵だよ
実在のある家族は近所のおねえさんから監視されていて、東西統一直後、おねえさんから告白と謝罪を受けた
おねえさんにも事情を理解した家族は赦しを与えたものの、お互いの距離が近いとシコリが残る
家族の中で一番おねえさんと仲良かった息子など、優しいおねえさんをよく知るだけに困惑しきり
そんなもんよ、21世紀のSNSにも繋がる監視社会なんて
ところで、シュタージは、対外諜報として西ドイツを始めとする西側諸国にもスパイを送り込んだ
西ドイツに送り込まれた連中って、在欧米軍も監視してたのかしらん(・・?
在欧米軍監視だと
2003年、江頭2:50が平壌へ出張し、イラク攻撃直前のバグダッドに飛んでる大川総裁と国際電話した
江頭が、それとも別の機会に総裁が、どちらか忘れたけど、平壌滞在時、パチに興じたら
景品が日本のチキンラーメンで、段ボール箱ごと渡されたっちゅうオモテナシぶり
だからといって、盗聴免除される事は無い
2003年も、二人で敢えて「サダムが(ピ~)」「ジョンイルが(ピ~)」、放送禁止用語入り会話したんだって
結果は、両者とも影武者送り込まれてない限り、健在ね
総裁曰く、「あまりのアホ臭さに、バカはほっといたれと暇潰しに聴いてたんじゃねーのぉ」
ウマシカ過ぎるを酒飲みながら堪能するに限るかも
👇
Stoned Tank Drivers (Buffalo Soldiers) - High Quality
戦争のはじめかた - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画
個人的には
嫁エリザベス・マクガバンが、亭主の部下ホアキン・フェニックスとよろしくやっている
それに全く気付かないエド・ハリスが無能杉w
ウマシカ過ぎる在欧米軍に戻ると
1989年10月ちゅうと冷戦終結間近
ドイツ駐留米国陸軍基地育ち女性によると、映画に描かれる大半は事実で、自分の体験と一致するという
映画を製作したライナー・グルッペも、東西冷戦時代のドイツ南西部で過ごし、「64もの基地が点在し、35万人もの米軍兵士がいた」
白人vs黒人の争い、ドラッグの売買に精を出し、まるで戦争中の状況を呈していた
他の情報筋には、NATOの演習で市民10人を含む死者19人というのも見られる
考えてみ
元々「10人の徴兵より、1人の志願兵」がモットーの海兵隊を除くと
1973年に徴兵制を廃止した米国では、有能な人材獲得が難しくなり、結果として質の低い志願兵が多数入隊した
陸軍も改革に着手し、徐々に効果を上げるが、それは1991年の湾岸戦争以降の話
ドイツが東西に分かれていた時代には、サテ?
「戦争は地獄だが平和は死ぬ程退屈だ」=「平和な時の軍隊は自らを相手に戦争を始める」
『戦争のはじめかた』、これ20世紀最後の年である2000年公開なら、米国及び世界の歴史に後世まで残る影響及ぼしたのやら
ワールド・プレミアは、2001年9月8日、カナダのトロント映画祭で行われた
ドイツ公開:2002年10月31日
英国公開: 2003年7月18日
米国公開: 2003年7月25日
日本公開:2004年12月11日
米国では5回も公開延期になったが、9・11の煽り、わかるよね
2003年1月のサンダンス映画祭に出品された際には多くの観客が集まったが
上映後、ある女性客が、舞台に立つグレゴール・ジョーダン監督にミネラルウォーターのペットボトルを投げつけた上に
出演者のスコット・グレンに「Redneck!」を浴びせた
その2ヶ月後の劇場公開予定は、イラク戦争勃発という不運に見舞われている
ようやっと漕ぎ着けた劇場公開時には、数都市のみの限定公開に留まった
1989年がパパの時代なら、2003年はイェール大学裏口入学息子の時代と、ブッシュ家の陰謀を感じるw
陰謀さておき、既述のドイツ駐留米国陸軍基地育ち女性が
「愛国心をより強く持つべきこの時期に、アメリカの大衆にこの映画を見せるべきでない」
おかげで、植民地(ニッポン)に負けず劣らず頭悪過ぎ~、幼稚園からやり直せッが増えてしもたがなとしか言えまい
当記事題名はな
GOOD BYE, LENIN! - Offizieller Trailer (deutsch)
あ、それと
『善き人のためのソナタ』を「善き人のための其方」と誤変換しがちなアタシってw