mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】

~midnight dribbler~(ウサギ畑でつかまえて)

永遠に、風と共に去りぬ~オリヴィア・デ・ハヴィランドに捧ぐ~

www.bbc.com

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MELANIE'S DEATH SCENE

これで、『風と共に去りぬ』メンバー全滅を迎えた

 

  

 

  

ハリウッドで活躍したオリヴィア・デ・ハヴィランドアメリカ人女優と思ってる人いるようだけど

英米仏の三重国籍で、英国人両親の下に東京で生まれたややこしさよ

父親が東京帝国大学の英語教授として日本に招かれていた人物で

オリヴィアの実妹で同じ女優のジョーン・フォンテインが生まれた時には特許弁護士をしていた

オリヴィアが3歳の頃、母親は、病弱だった娘たちには東京の気候が合っていないのではないかと考え

夫を説得して一家は母国イギリスへと戻ることを決め

しかし夫婦スッタモンダの末、母子は娘たちの病気のため帰英途中に滞在したカリフォルニアに留まった

オリヴィアがそのままずっと母親と一緒に対し

ジョーンが16歳の時、単身で来日、父親とその再婚相手である日本人家政婦と暮らし、1935年に聖心インターナショナルスクールを卒業した

と、戦後の日本の映画雑誌で「江戸っ子女優」と呼ばれた姉妹のうちジョーンが年齢高い時期に滞日した分

オリヴィアより日本に馴染みでしょね

 

 

 

 

本来は英国人だからこそ

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The Royal Romance of Charles and Diana

Queen Mother、王太后エリザベス・ボーズ=ライアンが似合うっての

 

 

 

 

ちな、ダイアナ役のキャサリン・オクセンバーグは、ニューヨーク生まれのアメリカ人ではあるが

母イェリサヴェータがユーゴスラヴィア王国の王族で摂政を務めたパヴレ王子の娘であり、チャールズの又従姉に当たる

ジョージ2世の直系子孫でプロテスタントのため、娘も超低い順位ながら英国王位継承権を有している

何百年遡ったらハリ~と繋がるMMと比較したら、由緒正し過ぎるアメリカ人ねw

 

 

 

 

デ・ハヴィランドに戻ると

 

 

 

 


Best Actress 1947: Olivia de Havilland Fights Back


Olivia de Havilland Wins Best Actress: 1950 Oscars

風と共に去りぬ』で候補に上ったアカデミー助演女優賞では、マミー、黒人初となるハティ・マクダニエルに持って行かれた

主演女優賞では、『遥かなる我が子』(1946年)と『女相続人』(1949年)で二度の受賞

自宅に並ぶOscar像を見るたび、「ザマミロ」、それが本音だったかしらん

 

 

 

 

ja.wikipedia.org

ママが長女を次女より可愛がり、「姉との確執」=犬猿姉妹🐶🐒


Joan Fontaine and Gary Cooper Win Acting Awards: 1942 Oscars

デ・ハヴィランドが『Hold Back the Dawn』で主演女優賞候補に挙がった年に、フォンテインが『断崖』(1941年)で「お先に~」

先を越されたってんなら、数で上回りゃイイじゃんw

妹が後年

「ワタクシの方がオリヴィアよりも先に結婚し、先にアカデミー賞を受賞しました

もしワタクシの方が先に死去することがあれば

全てに於いてワタクシの後塵を拝したと知って彼女は激怒することは間違いないでしょう」

妹は2013年に亡くなってるから…誰か、2020年に亡くなった姉の感想を聞いてないかね?w

 

 

 

 

姉妹が常にガーガー噛みつき合いやってたかどうかは置き

デ・ハヴィランドはおしとやかな外見ながら、眼力から強い性格が知れる

ハリウッドで映画会社が専属俳優に対して絶大な権力を振るっていた時代に

権利保護を裁判所に訴え勝訴したことで、他の俳優たちの待遇改善にも貢献した

自由主義への共産主義の浸透を憂慮するほど確固たる自由主義者で改革運動を行い

民主党フランクリン・ルーズベルトハリー・S・トルーマンの支持者でもあった

デ・ハヴィランドに説得されて改革派に加わっていた俳優にロナルド・レーガンがいたとか

そりゃ男勝りの女丈夫ぶりだったでしょうよ

 

 

 

 

そんな彼女にも、天敵は存在した

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the adventures of robin hood 1938


Captain Blood 1935 Trailer

合計8本の活劇映画で共演したエロール・フリンであった

十代の少女との不純交際をたびたび起こす、1942年にはゴーカン事件で訴えられたこともあるなど、エロ売る不倫ねw

 

 

 

 

1930年代半ば、ワーナー・ブラザースがデ・ハヴィランドを売り出す路線を変更することを決め

当時無名だったタスマニア出身俳優フリンの相手役として『海賊ブラッド』(1935年)に出演させるという賭けに出た

結果

狩猟ガイド上がりで荒々しい男が、二十歳前後の乙女にカッカと燃え上がった

後年「彼女は高嶺の花だった」と自伝『ハリウッドの王子』に書くほど、彼は彼女をホントに愛しており

しかしながらエロ売る不倫だけあって、下品なシャレを浴びせたりするので、彼女から敬遠されるばかり

デ・ハヴィランドはずっと後に

「あの頃は、次にはどんなイタズラされるかと、毎日、ビクビクしていて、生きた心地も無かった( ノД`)シクシク…」

と語ったが、そりゃそーだ

フリンが完全に嫌わてしまった理由が「死んだ蛇を乙女のお召し物に入れた」🐍

誰だってもおアカンと、シッシッするに決まってるがな

 

 

 

 

蛇足として、蛇の件には一つ大きな謎が残されるで〆とく

 

 

 

 

蛇が仕込まれたお召し物↓

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彼女楽屋に忍び込み…なら、24、Polizei通報モノでしょ!

濃厚接触場面撮影中になら、エロ売る不倫らしく、思い切って手を突っ込んで!?

…ともかく、それも、権利保護を裁判所に訴えた要因だったりしてwww